【18話】到着

思い切り鞄を引っ張って身体の下に潜り込ませると、そのまま自由が利く方の足でタコに向かって鞄を蹴りつけた。ヤツメウナギのような口を覗かせていたタコは反射的に鞄を包み込んでいく。


「どうだっ!タコ野郎!」


タコは頭部をグニュグニュと波打たせている。絡めとられた足を触手から抜き取る隙を窺っていると、フッと締め付ける力が緩んだ気がした。


―今だ!

と思って這い出るように身体をくねらせた時、再びグイッと引き寄せられてしまった。振り返るとタコがまた膜を広げて覆いかぶさろうとしており、魔鉄鉱入りの鞄は紐だけが口からぶら下がっていた。

無数に並んだ棘のような歯が、意思を持つように細かく動きながら迫って来る。


「ああ……っ!」


もうダメだと思いながらも、俺は一寸法師の話を思い出していた。どうにか口を無傷で通り抜け、内側から破壊するのだ。その準備のため、大きく息を吸い込んで飲み込まれる体勢に構えようとしていた。

すると、タコの体色が赤と青と紫で交互に目まぐるしく変化しているのに気が付いた。


「アル!」

「アルヒラさん!」



最終的に何色になったのか分かったのは2人に腕を引っ張られてタコの下から助け出された後で、それは鮮やかな青だった。


「うげぇー!ヌルヌルしてて気色悪い!身体が臭い!」

「けががなくて良かったです。でも、よくやっつけられましたね!」

「一か八かの賭けだったけどな。魔獣が魔力を取り込む性質があるってのは、魔力が栄養みたいなものってことだろ?どんなに身体に良いってものでも、摂り過ぎは良くないからな」


小麦粉団子だけってのも控えるようにしないといけないということだ。


「このタコ、食えないかな」

「どうしても食べたいんなら止めんよ?」

「本気じゃないよ。気色悪い。っと、鞄、鞄……」


せっかくヌルヌルになったのだ。そのついでにと食われた鞄を救出しようと思ったがなかなか抜けず、3人がかりでタコをひっくり返したりしながらようやくズルリと抜き出すことができた。


「ん?なんだこれ?骨?」


ヌルヌルに慣れ切った3人が好き勝手やったせいでタコの身体はボロボロになってしまい、破れた頭部の隙間からなにやら板のようなものが顔を覗かせているのに気が付いた。やったれ、と思った俺はそれをがっしり掴むと一気に引き抜いてみせた。


「あははっ。アルヒラさんっ、イカと間違えてますよ。タコに骨はありません」

「いやいや、それはリコの世界のタコのことだろう。これはあくまでタコに似た魔獣ってだけだ。っていうか、イカに骨ってあったんだ?」


ちょうど長さがイオの背丈くらいはある舟形の物体。軟骨みたいなものだろうか。陽の光にかざすと透明に見えるが、暗いところでは青っぽく光っているように見える。


「へえ、きれいなもんだな……」

「青い、骨。骨……」

「どうした、リコ?一応、持って帰るか?」


俺の手にした骨をじっと見つめるリコが、神妙な面持ちでぶつぶつ言っている。またシナリオ関係のことだろうかと思い、入手せずに延々とタコと戦い続ける地獄のループを想像してしまったので、返事を待たずに骨を持ち帰ることにした。



魔鉄鉱の納品をして依頼主からサインを貰った後は、ギルドで報酬を受け取り、まずは宿探しをした。

軽く散策して分かったことだが、ユートレットの街もバルム同様に中心ほど派手だったり高級だったりする店が多く、外側ほど安い店が多そうだった。その中でも一番安くつきそうな宿屋を選びチェックインすると、2階の部屋に通され、まずはそれぞれシャワーを浴びた。元々、体組織の一部を服のように見せているだけのイオはともかく、俺とリコには替えの服がなかったが、それぞれ宿の毛布にくるまったまま浴室の「ディ・アール・ワイ」と書かれたボタンを押したりして上手いことやった。



「アルヒラさん。食事なしで一人銀貨1枚って、安いんですか?」


毛布でミノムシのようになったリコが、腰高窓から外を眺めながら尋ねてきた。窓と言ってもただ壁に穴が空いているだけで、開け閉めは木の板戸で行うようになっていた。リコが気にしているのはあるいは防犯のことかもしれない。部屋にはオレンジ色の光が差し込んできている。


「リコ、こっちの世界はどこの宿屋もそんな感じだ。カネを出せば際限なく部屋のクオリティを上げられるが、安くしようと思ったらこれぐらいが底値だと思うよ」

「でも、食事もそろそろとらないと。イオちゃんだって……」

「……ス―……」


シャワーの後はしばらくベッドでバインバインと跳ねていたイオだったが、もう限界のようだった。


「イオは食事不要設定なんじゃないのか?」


リコにアイコンタクトを取りながら尋ねると、口パクで「わかりません」と返事が来た。


「まあ、本人が腹が減ったアピールをしてこないんだ。いらないってことだろう。そんじゃ、外出するのも面倒だし、宿の食事でもいただくとするかな」


不快ではあったが空腹には耐えられず、半分も乾いていない服を身にまとった俺とリコは、イオだけを部屋に残して階下に降りた。受け付けで注文したサンドイッチとミルクを近くに置かれたちょっとしたテーブルで頬張った後、早々に部屋に戻った。満腹には程遠かったが、イオを差し置いての2人だけだったので少々気が引けたのだ。


部屋に戻った俺とリコは、一度廊下に出てキョロキョロしたり、浴室を開けてみたりと同じようなことをした。そして板戸が開け放たれた窓を見て、リコが叫んだ。


「誘拐っ!」


寝ていたはずのイオの姿が消えていた。



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