【17話】タコ

バルムを出た後で、直近のユートレットまで到着するのに3日とちょっとかかった。前回よりも一人増えたことで歩く速度が遅くなったというのも確かにあるが、魔獣の気配が分かるというイオに従って身を隠したり、野草を探したりしながら進むことで時間を食ってしまったのだ。

それに実を言うと3日目の夕方頃にはもうユートレットが目と鼻の先にまで来ていたが、俺達はあえて街の外で野宿をした。なぜなら無一文で宿屋に泊まることができず、野宿をするなら街の中よりも外の方が安全な気がしたからだ。

この世界では過去に人間族と魔族による戦争が行われていた。人間族が治める領地と魔族が治める領地の境目で起こる侵略戦争だ。長い年月を経て単一種族による世界統治は不可能だと判断した両種族は、互いの領地の間に「中立地」を設けることとした。そこにある街の一部がユートレットなのだ。

人間も魔族も出入り自由という街ではさまざまなものが発展するが、とりわけユートレットではカジノや劇場などを主体とした娯楽産業が栄えていた。観光客を相手にした多くの店が並ぶメインストリートは夜の方がむしろ明るく、人通りも多い。しかし一方で不届きな輩が徘徊していることも世界的に有名で、夜中に女子2人を含めた旅の者が道端で寝ようものなら立ちどころに不届きな行為に及ばれてしまうのは想像に難くなかったのだ。


というわけで、陽が十分高くなってから街に入った俺達は、最初にギルドに向かった。理由は前述の通り野宿をしないためで、カネを稼ぐことが最優先だからだ。

掲示板には魔獣討伐やら建物の補修、清掃など多様な依頼書が貼られていたが、俺達が手に取ったのは魔鉄鉱という、魔力を含む鉱石の採取という内容の依頼だった。事前に渡される肩掛け鞄一杯に魔鉄鉱を詰め込み、依頼主に提出するだけで銀貨5枚。しかも採取場所は街から歩いて半日もかからないという。1日働いて銀貨1枚と銅貨10枚という給料を得ていた経験からして、とんでもなく破格の依頼に思えた。


やって来た道の方から街を出て、街道から南に外れると鬱蒼とした森があり、その中を真っ直ぐ進んでいくと少し開けた岩地に出た。足元には黒い斑点模様の魔鉄鉱がゴロゴロと転がっており、正午過ぎには規定量を集めることができた。


俺が重い鞄を肩から下げて、今夜は何を食おうか、どこに泊まろうかとそんな話をしながら帰路についていた時、イオが雑木に巻き付いた大きなナメクジのような物体に気が付いた。イオが面白がって小枝でつつくと雑木がメキメキと音を立てて倒れ、その向こうから本体が姿を現したのだ


それで今、タコの魔獣に追われている。身体がデカい分、ヌラリヌラリとタコのくせになかなかのスピードだ。


「てっ、て、てめえ!なんてもんにちょっかい出してくれたんだっ!」

「あはーっ!おもしろいおもしろーいっ!」

「も、もうっ、走ってばっかりっ……」


タコの背丈は大人よりも少し低いくらいで、触手はどれくらいの長さがあるか分かったものでもない。しかしちょっとした雑木くらいならへし折ってしまえるほどの力を持っているのだ。マンガのように人間をグルグル巻きにして持ち上げるくらい朝飯前だろう。


「だ、誰か、弱点とか知らないのかっ?」

「アルヒラさんっ!タコならっ、真水に浸けると元気がなくなりますよ!」

「ようし分かった!真水だっ、真水を持ってこーい!」

「あはははっ!真水なんてあるわけないようっ!」

「そうだったー!ほ、ほかの……」

「じゃあっ、し、塩っ……、塩なら……」

「もっとあるかー!」


俺達3人を完全に獲物認定したのかタコは執拗に追ってきて、ついにはほぼ垂直に切り立った崖の前に追い詰められてしまった。


「はぁ、まずい、な……」


まっぴらごめんだ。せっかく新しい人生を始めようとした矢先にさっそく死ぬなんて。それに俺が死んだら残りの2人も危ない。触手とはなんといやらしい。いや違う違う。危険なんだ。何を言ってるんだ。逃げるか、戦うか。

退路は断たれているから、倒すしかない。何か手はないか。

カラカラに乾いた崖は水気のの字すらない。塩、森の中に塩なんてあるのだろうか。いや、そもそもあのタコはこんな場所でどうやって生きてるんだ?


「はーっ、はーっ。ごめんねー、ちょっかい出しちゃって」

「本当にっ、もうっ、イオちゃんってば」

「アタシが食べられちゃえば、たぶんみんな助かると思うけど……」

「そんなことっ……、ん?どういうことだ?」

「魔獣ってのは魔力を身体に取り込もうとするんよ。それでアイツの狙いはアタシだと思うんだけど、アタシは言っちゃえば高濃度の魔力の塊だから……」

「どうなるんだ?」


まあ、だいたい想像できるが。その時、一本の触手が俺の足に絡みついた。


「うおぉっ!?」

「アルヒラさんっ!」


そのままグンッと引っ張られ、本体近くまで地面を引きずられる格好となった。青なのか赤なのかの色をしたヌメヌメの触手がもう何本かやってきて、上半身にピトピトと触れてくる。


「なんでだ!魔力を取り込もうとするんだろ!俺は魔法なんか使えないよ!」

「アル!すべてのものには魔力が含まれとるって、教えたよね!」

「今そんなことムキになって教えようとするなよ!はふんっ……」


胸の辺りをモゾモゾされたせいで変な声が出てしまったが、それもおかまいなしに触手で俺の身体をまさぐりながら、触手の付け根の膜を広げて覆いかぶさろうとしてきた。


何か、何か弱点は――。

突破口を探して首を左右に振っていると、肩に掛けたままで一緒に引きずられた鞄が目に入った。


「これだぁっ!」



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