【16話】草原で
街を離れた俺達は、暗くなる前に草原で物資調達をすることにした。食用になる草を2種類と、砕いた石ころと木炭を混ぜると発火するという不思議な植物を1株集め、以前リコと雨宿りに使った木の近くを切り開いて野宿することにした。草原で薪になりそうなものはあまりなかったので焚火は起こさず枯草を集めてベッドを作っていると、イオが早くも船を漕いでいた。人外とは言っても見た目通りの姿にほっこり。「食事は?」と聞いても頭を横に振るだけだったので、俺とリコだけで葉っぱをむしゃむしゃ食んだ。
乾燥した枯草のベッドは温かい。
「あの、アルヒラさん、寝苦しくないですか」
「いやぁ?ぜんぜん?たった今、寝落ちしそうになったところだったのさ」
「そうですか。よかった」
枯草を集めるといってもここは農場ではなく、3人分のシングルベッドを作るなんて量は集まらないわけで、せいぜい布団1枚分くらいを準備することしかできなかった。寝床は紳士的に2人に譲ろうとするとリコが頑として譲らず、結局、なぜかリコが真ん中で3人川の字になって寝ることとなった。
「3日目……、いや4日目か……?」
「何がですか?お風呂に入ってないのがですか?匂いますか!?」
「違う違うっ!最後にちゃんとしたところで寝るのがだよ」
そういえば、風呂にも入ってないな。
「こんな生活が当たり前になったり……、なんつって」
俺達はリコの作ったシナリオの1つ目を進行させたにすぎない。彼女の言うことが正しければ、この世界にはまだ触れてすらいないシナリオが星空のように無数に存在している。どこでどんなシナリオに遭遇してしまうか分からないが、できれば平和に暮らしたい。そのためにはイオにはもっと話を聞かなければいけないし、リコだっていつまでもこちらの世界に留まっておくわけにもいかないだろう。イオにはイオの、リコにはリコの人生があるのだ。
「なあ、リコって将来なりたいものとか、そういうのってあるのか?」
「なんですか?突然」
「いや、最近の若い子はどんなこと考えてんのかと思って」
イオが寝返りを打つ音に合わせて、こちらに背中を向けていたリコが仰向けになった。
「……そうですね。あの、進路希望調査って知ってます?」
「それくらい覚えてるよ。3つくらい書くやつだろ?」
「私、その第一希望に『バス運転士』って書いたんです」
「へえ。なんだか意外だなあ。リコなら事務系とか、クリエイティブな仕事を目指すのかと思ってたけど」
「いえ、違うんです。本当は書けなかったんです」
「書けなかった?」
「自分が生涯を捧げられるような仕事、一生やり続けられそうな仕事っていうのが思い浮かばなくて、身近で思いついた仕事を記入したんです。ほら、家から出て学校に行く間で最初に目にする他人の仕事風景って、バスの運転手さんじゃないですか」
その考え方なら、人によっては駅員さんとかだろうか。真面目に人生設計をしてそうなリコとのギャップに少し笑ってしまった。
「なるほど。つまり適当に書いたってわけだ」
「アルヒラさんはどうだったんですか?」
「俺は、どうだったかな……。似たようなものだったかもしれない。そうする奴が多かったから大学進学したんだけど、自分が何者になりたいのか分からなかったから、毎日悶々としてたよ」
「大学進学って猶予期間って言いますよね」
猶予期間。就職に対するマイナスイメージの言葉なのかもしれないが、俺は「大学に通ってる間にやれることちゃんとやれよ」という風に解釈していた。だから悶々としていた。初めの一文字すら書かれていなかった人生の設計書を、毎日ひたすら眺めていただけだった気がする。
「後悔の気持ちってのは、転生しても引き継がれるものなんだな」
「後悔してるんですか?」
「もっと自由に、色んな場所で色んな人に出会うべきだったかなって。今にして思えば、流されてただけの受け身の人生だったよ。ああ、リコはそんな後悔しないようにな」
リコには少し説教臭かったかもしれないが、俺は前世と合わせればだいたい40年分くらいの記憶がある。精神年齢は40歳くらいなのだ。申し訳なく思うが仕方ない。
「主人公アルは囚われの美女を救い出し、見事、冒険の旅に出たのでした」
「はは、なんだそれ?」
「アルヒラさんの物語、第一章完結ですね」
「第一章はなんだか振り回されただけだったよ」
「それでも、頑張って荷車を引いたりしてくれたじゃないですか」
「あれは、リコが危なかったから」
「私を助けようと思ったんでしょう?立派なアルヒラさんの意思ですよ」
「俺の意思、か」
結局、そのシナリオに満足するかしないかは終わってみなければ分からないのかもしれない。だからできるだけ満足できる道を歩けるよう、毎日悩んで、右に行ったり左に行ったりするのだ。
「やりましたね、アルヒラさん」
「リコも、完結おめでとう」
3日後。俺達は森の中で巨大なタコの魔獣に襲われていた。
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