【14話】外へ

イオの作戦は至って単純だった。曲がり角まで3人で行き、イオだけが飛び出して兵士の気を引く。その隙に俺とリコが走って逃げるというものだ。


「危険すぎる!」

「そうよ!子供にそんなことさせられない!」


当たり前の反応だ。男である俺が囮になるならまだしも、一番非力な幼女にそんな役目を負わせるのは人として終わっている。


「相手がロリコンだったらどうする!」

「なにを言っとるの?」


おっと間違えた。


「イオちゃんが一人で囮なんて、もし剣で斬られたりしたら……」


リコの言葉はそこで途切れた。恐らく「死んじゃうかもしれないのよ」なんて言葉が続くはずだったのかもしれないが、先ほど牢屋で目の当たりにした光景を思い出したのだろう。イオは人間ではないのだ。斬られてどうなるのかなんて想像の域を出ない。


「たしかに、剣で斬られたら痛いんよね。まあ、アンタらが離れたらアタシもすぐに逃げるから。心配いらんよ」

「と、とりあえずだな。さっきから廊下に人影もないことだし、兵士がいるのかいないのか突き当りまで行って、それから作戦を立てよう」



ということで、なぜか鮮やかな赤い絨毯が敷かれた廊下をコソコソと姿勢を低くして進み、俺達は突き当りまでやってきた。団子三兄弟のように角から顔だけ出して覗いてみると、案の定、そこは出口だった。太陽の光が差し込み、ほんの少しだけ外の景色が見える。


「やっぱり……」

「いましたね」


そして両脇を固めるのは重そうな鎧兜を身にまとった兵士2人。腰には幅広の剣を携えている。

リコの反応からするに、彼女の予感も的中といったところか。さすがは創造主だ。


「で、どうする?あの2人が剣を抜いたら、間を無事に走り抜けることなんて不可能だぞ」

「だったら、剣を抜かせなければいいんよ」

「どうやるんだ?」

「初対面の幼女にいきなり剣を振り下ろすほど、この国の兵士って野蛮なん?」

「そうは言ってもだな……」


俺が口ごもっていると、イオはまるで散歩に出かけるかのように「じゃ、行ってくる」と言ってペタペタと前に出た。驚いて声を掛けようとすると、片目のウインクで返されてしまった。


「アルヒラさんっ。イオちゃん、行っちゃいましたよっ」

「もう、イオを信じるしかないっ。とにかく兵士に隙ができたら一気に走り出すぞっ」


どうするつもりなのかと好奇心半分で覗いていると、兵士がイオに気が付くより早く彼女は「うわぁーん!」なんて泣き出してしまった。


「わぁーん!おかあさーん!」


当然、イオの芝居だとは分かっているが、その三文ぶりたるや投げ銭どころか腐った生卵でもぶつけられそうなくらい。例えるなら、気になるクラスメイトが調子に乗って披露したダンスに思わず目を背けてしまうような。つまり、見てられない。


リコは目を閉じていたが、俺はしっかりとイオの雄姿を目に焼き付けていた。相手は門番を任されるほどの兵士だ。きっと、きちんと書類審査から筆記試験、圧迫面接に至るまで一通りをクリアした優秀な者が選ばれているのだろう。イオの言う通り、怪しいからといっていきなり幼女に斬りかかるほどアウトローではないはずだ。

それにイオからの合図を見逃しては、城からの脱走という目的が失敗に終わってしまう。


「わーん、わーん。おうちに帰りたいよー」


こちらからは見ることができないが、恐らくイオの瞳はカラッカラに乾いていることだろう。しかしポーズだけは涙をふくような仕草をしている。


「頼むぞ……」


リコの方から「神様……」という呟きが聞こえた気もした、その時――。


「ん?おいおい。なんだ?」

「お嬢ちゃん、どこから来た?」


なんたることだろう。入口の守りを任されているという優秀なはずの兵士が、屈んでイオの目線に合わせているではないか。向こう側に立っていたもう一人の兵士に至っては、ガチャガチャと音を立てながら定位置を離れてイオに近づいてくる始末。


「えーん、えーん」

「お前、この子が通ったの見たか?」

「いや、見てない。おかしいな。城の出入り口はここだけなんだが……」

「お嬢ちゃん、どうしてお城の中にいるのかな?」

「ひっく、ひっく……。アタシ……」


さあ、どう答える。


「実は王様と侍女との間に生まれた隠し子で、第38代王位継承者なの」

「なっ……!」

「うっ……!」


へ?


「お母さんはアタシを牢屋の奥でひっそりと生んだ後、毎日自分が食べるお食事をアタシに分けて育ててくれたの。今は持病のくせ毛が悪化したせいでお城の仕事をクビになって、今では街の貧民街で病魔に冒されながら細々と鎧の転売ビジネスで日銭を稼いでアタシに思い出のコロッケと一緒に仕送りしてくれてて、そんなお母さんから年に一度くらいは顔を見せなさいってお手紙が来たから、アタシ、たった一人で長い長い旅をしているの。えーんえーん、お母さんに会いたいよー」


早口過ぎてよく分からない上に滅茶苦茶な内容のように聞こえたが、とにかくイオがやるべきことは兵士たちの注意を引き付けることだ。


「アルヒラさん、知ってますか?人って、100パーセントの嘘っていうのはなかなか吐けないらしいですよ」

「イオの言った設定が本当だろうと今はどうでもいいさ。問題は兵士が剣を抜くかどうかってことだろ」


個人的な感想を述べるなら、イオのセリフの99パーセントが嘘だろうと思う。残りの1パーセントというは恐らく「牢屋から来ました」というところだけだ。


「……グスッ」


冷静に聞かずとも怪しさ満点のイオの芝居だったが、優秀な兵士というのは脳みその方も悪い意味で優秀だったようで、しばらくの沈黙の後、フルフェイスの兜を被った兵士は二人とも首元の隙間から指を差し入れたり、目元のガードを開けたりして涙をぬぐい始めた。


「嘘だろ。あんな適当なので泣けるのかよ」

「きっと仕事でストレスが溜まってるんですよ。いい人たちなんですね」

「バカ言えっ。あいつら、俺たちを牢屋に閉じ込めた奴らの一味なんだぞっ……、っと。リコ、合図だっ」


頭を撫でられているイオが、下ろした右手で小さく親指を立てていた。兵士は二人とも横向きになっており、彼らの背中側に広いスペースが出来上がっている。


「行くぞっ」

「え!?あ、はいっ」


廊下の角から飛び出した俺たちは全力疾走した。絨毯の上を走ることで足音が響かず、イオに気を取られていた兵士が「あっ!」と声を上げる頃には後ろを通り過ぎて外に出ることができた。出てすぐ目の前はちょっとした広場のようになっており、その先に跳ね上げ式の橋が見える。走りながら振り返ると、兵士の1人が剣を手にして向かってきていたが、重い鎧のせいかそのスピードはリコよりはるかに遅く、立ち止まって追いつかれる心配すらなさそうだった。


「なんだ貴様ら!どこから出てきた!」


そんなことを喚かれても、イオのように牢屋から来た、なんて答えて良いことなんかない。不審者で結構だ。


「イオっ!早く来い!」

「イオちゃん!」


そう叫んだ時だった。



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