【13話】城の構造

ペタペタと裸足の足音を響かせて、暫定タミ子はほどなくして戻って来た。大きなカギの束をぶら下げているのが彼女の手をより一層小さく見せている。


「アンタら、ここを出たらどうするん?」


いくつかの鍵を試しながら、手元に視線を落としたままの暫定タミ子が尋ねてきた。正解の鍵が見つからないのにだんだんイライラしてきているようで、たまに眉間にしわが寄っている。


「それは……、とりあえずこの街、バルムを出ないといけないな。理不尽に思うけど、俺たちは脱獄囚ってことになるから。なあ」


リコを見ると、まだ暫定タミ子のことが恐ろしいのか「えっ?あ、はい……」なんて話を聞いていない素振りだった。


「その後は決めてないけど……」

「ふうん。……まあええよ。とりあえずアタシもアンタらについて行こうかなっ」


暫定タミ子が姿を現してから、彼女が何か異常な能力を発揮したわけでもない。ただの子供にしか見えない相手をたった一人で放っておくつもりもなかったので、なんとなく行動を共にするものだと考えていたところだった。となると、いつまでも暫定タミ子なんて呼び続けるわけにもいかない。


「だったら、キミのことは何て呼べば良い?」

「アタシの名前?……うーんと、えー……、そうだな。イオ……、“イオ”にしよう」


まるでたった今決めたかのような言い草に違和感を覚えたが、だからと言って詮索するつもりもない。彼女、イオにも事情があるのだろう。その時、腕にしがみ付くリコの手が少し強くなった。「リコ?」と声を掛けると、「あっ、いえ……」と言って腕から手を離した。


ようやく正解に辿り着いたようで、鍵はガチャリと回った。キィィと不快な音を立てながら扉が開き、俺とリコは順番に外に出た。辺りを見渡すと同じような鉄格子の房が離れた場所に2部屋くらいあり、通路のところどころにむき出しの岩肌が見えた。


「城の地下牢……か?」

「そうみたいやねえ。だから街から出る前に、城から抜け出さんといかんよ」

「まいったな。兵士に見つからないようにするのはちょっと厄介だぞ」

「あ、あのっ。イオ……ちゃんは、鍵を取りに行って、その、兵士の人に見つからなかったの?」


そこでリコを肘で突くと、しまった、という顔をした。この世界観を作ったのがリコで、彼女が“兵士はいない”と設定したのだ。イオに知られたくないというのに自分から匂わせるようなことを言っている。


「うんにゃ?だーれもおらんかったよ?鍵はここの出口の近くに置いてあったし。変やね?」

「はは、まあ、見張りがいないのはラッキーってことだろう。とりあえず出口に行ってみよう」



暗い通路をイオの案内で抜け、出口の木の扉を開いたところで正面の紋章入りタペストリーが目に入り、ここがバルム城だと確信した。城の中に入るのは初めてだったので出口の方向すら分からず、とりあえず手近な物陰に身を潜めて様子を伺った。


「兵士がいない……」

「そうやね。兵士じゃないのも見かけんし、こんなんで籠城なんかできんよ」

「籠城?」


不思議そうにするリコが尋ねると、イオもまた不思議そうな表情を返した。


「籠城。んん?アンタもしかして、城がただの王様の家だとでも思っとるん?」

「違うのか?」

「アンタら2人とも、アホやねー。確かに城は王様の住む場所でもあるけど、本来の存在価値は戦争の拠点なんよ。だから王様やら兵士が生活できるように職人がおるんやない」

「へー、そうなのか。知らなかったよ」


どうにも、前世でやってたゲームの世界と混同してしまう。正面の入口から入って、左右対称の廊下のどちらかが下への階段で、どちらかが上への階段。真っ直ぐ進んで2階に上がると謁見の間。そんなステレオタイプの城のイメージが実は間違っているということか。イオの講釈に関心していると、リコが耳打ちしてきた。


「アルヒラさん。私も、お城ってもっとシンプルな造りをしてるって思ってました。なので、もしかすると出口はすぐ見つかるかもしれません」


つまり、リコも俺と同様のイメージを持っていたということか。

豪華な燭台のロウソクで明るくなっている長い廊下の先は右に折れているようで、俺の脳内設定ではそこを曲がってすぐに大きな扉の出入り口があることになっている。有名RPGゲームの最初の城の構造だったと思うが。


「リコ。ドラキュリア・クエストって知ってる?」

「え?あ、はい。昔、兄がやってるのを散々見てきました」


剣と魔法の物語を作ろうとする者が、その存在を知らないわけがないだろう。ドラキュリア・クエストというのは、前世では定番で最高峰のRPGゲームだった。そして主人公が最初に入る城がシンプルというのもシリーズのお約束のようなもの。


「なるほど。よし、2人とも。多分、出口は近いかもしれん」

「なぜ分かるん?」

「男のカンだよ。ただし、ちょっと問題があるんだ」


もう一つのお約束が出入口の兵士。イメージ通りなら、必ず両脇に2人の兵士が立っているはず。


「この長い廊下を突きあたりまで行って、右に曲がると出入口がある。気がする。そしてそこには2人の兵士がいる。かもしれない」

「なんなん?その、気がするとか、かもしれない、とか」

「気にするな。それで、戦闘は避けられないと思うが……」


田舎村で育ってレストランのバイトだけやってきた俺が、武器を持った兵士なんぞに勝てる道理はない。リコだって同様だ。


「イオ……は、戦ったりできない、よな?」

「いややね。こんな幼い子供に」

「だよな……」


逃げるにしても自分一人ではない。明らかに文系チックな少女と、もっと小さな少女までいる。肉欲に飢えた屈強な男どもに捕まったら最後、いったい何をされるのか。想像するだけでも身の毛がよだつ。


「アルヒラさん、なんで笑ってるんですか?」


リコからシャツの裾を引っ張られた所で、イオがこともなげに言い放った。


「ええよ。あたしが囮になるから」



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