【12話】メタモルフォーゼ

「うわぁ、ちゃんと触るとカピカピしててカサカサしてるぅ……」

「ちょっ、アルヒラさんは脇の下から腕を入れてくださいよっ」

「ようし、いくぞっ!ふっ……ぬぬぬぬっ……!」

「うぅぅぅぅ……!」


俺とリコは、壁に埋まったミイラの上半身を抜き出そうとしていた。なんてことはない。人間が鉄格子を通り抜けられないのであれば、通り抜けられる者を通してやろうと思ったのだ。


リコの話をまとめると、壁のミイラは1千年経ってもなお生きており通常の生物ではない。また封印されるように壁に埋め込まれていたとなると良くない存在という可能性もあるが、善悪いずれにせよ人々が恐れるほどの力があるということは、ちょっと狭いところを通ったくらいで息絶えるようなものではないだろうと踏んだのだ。


「アルヒラさん、もっと、抱きかかえるようにしてくださいっ」

「いやいやっ……ミイラなんだぞ……!ふんぬぬぬっ……あっヤベっ!」

「あっ」


まずいと気付いた時にはもう折れていた。ミイラの胴体は腰の辺りでポッキリと逝ってしまったのだ。


「ごごごごめんなさいすみませんっ!謝りますっミイラ様ミイラ様ぁっ!!抱きつかないで抱きつかないでー!!」

「おお落ち着いてアルヒラさんっ!えええっと、南無大慈大悲救苦救難……!」

「こここんなものっ!ここの鉄格子に……こうだっ!ほらっ、リコも!」

「ぁぁ、は、はいっ!」


鬼が出るか蛇が出るか、恐る恐る抜き出そうとしたところで急に折れてしまったものだから、その後はやけっぱちで急にアグレッシブになってしまい、2人してグイグイと狭い鉄格子の隙間に押し込んだ。ミイラの頭はゴリゴリ削られ小さくなり、頭さえ通れば胴体を通すのは楽だった。


「これで、何か起きないといけないんだけど……」


目にしたことのない現象を期待するのは変な気分だったが、ここが剣と魔法の世界だということを知っているから、何かが起こるという確信があった。鉄格子の向こう側にゴトリと落ちたミイラの上半身は落下の衝撃でユラユラと揺れて、動きが止まったかと思ったら白い煙を出し始めた。やがて煙とともに表面に白い泡が立ち始め、グシュグシュと音を立てるようになった。


「リコっ。これ本当になんなんだ?」

「すすみませんっ!分かりませんっ……!」


白い泡はミイラの上半身を覆いつくし、ものすごい速さで頭や腕などの突起部分を崩していく。辺りにはむせかえるほどの甘いフルーツのような匂いが立ち込め、軽いめまいを覚えた。

かつてミイラの上半身だった物体は表面がボコボコ泡立つ醜悪な白い塊になり、だんだんとツルンとした真っ白なスライムに変化して、グニグニと形を変えていく。



「はぁっ……はぁっ……はぁっ……」

「ふぅっ……ふぅっ……」


俺もリコも過呼吸気味だった。白い物体から頭が立ち上がり、肩、腕、胴体、足の順で人型が出来上がったのだ。腕にはいつの間にかリコがしがみ付いてきていて、彼女の指先が食い込んでいた。


鉄格子の向こう側に姿を現したのは10歳かそこらに見える少女だった。どうやったのか白いワンピースのような服まで着ていて、肌も透き通るように白く、光を放つかのように輝いて見えた。彼女は白と緑を薄く混ぜたような長い髪をサラリとかき上げ、薄目でこちらに視線を送った。


「あ……、い……、う……、え……、お……」


ミイラから白いスライムを経て人型になった彼女は、俺に視線を合わせたまま顎を大きく動かし、たどたどしく声を発している。発生練習は“あ行”の次に“か行”と続いて、“ら行”を口に出す頃にはかなりなめらかになっていた。


「あ、め、ん、ぼ、あ、か、い、……何ば呆けとるん?」

「は、話した……」

「ひやぁぁあ……」

「そら、話しかけもするよって。アンタらが助けてくれたんやろ?ありが……おっ!」

「あ……、お、おう。……うっす」


少女型のそれは敬礼するように左手をピッと上げた。感謝されていると思われたので、一応同じように左手を上げて返事をした。リコはまだガタガタと震えている。


「あひぁぁああぁ……」

「そこまで怖がられるなら、逆にちょっとショックやねえ。こぉんなに愛らしい幼女なんに。ん、まあええよ。えーと……、ところでアンタら、何でそんなトコにおるん?」


少女型、改めターミネー……、改め暫定タミ子は普通の人間とまったく同じようにコミュニケーションが取れるようだった。


「あ、ああ。そうだっ。こ、ここから出してくれないか!無実……というかちょっと手違いで、このままだと2人とも処刑されるんだ!」

「ふーん……」

「頼むっ!」


暫定タミ子は値踏みするように俺とリコをジロジロと見た後、鉄格子を両手で掴んでガタガタと揺さぶって見せた。


「……別に助けるのは構わんけど、アタシ、力は弱いんよね」

「ああっ!そしたら、か、鍵を、ここの扉を開ける鍵を探してきてくれないかっ」

「こんな小さい子供一人でウロウロさせようかして、アンタも結構ひどいねぇ」

「そういうわけ……」


ここまでのやり取りで、彼女のことは外見で判断できないと思っていた。ここで取り繕っても見透かされるだけだ。


「い、いや、その通りだ。俺は今、キミにひどいことをお願いしようとしてる。キミに助けてもらわないと俺たちは助からないんだっ。だから助けてくれっ」

「……うふ。直球って感じやね。結構、好きかも」


暫定タミ子はそう言い残して、テクテクとどこかへ歩いて行った。


「あ、アルヒラさん」


腕にしがみ付いたままのリコが呼んでいる。彼女の震えは止まりいつの間にか掴む力も弱くなっていたが、腕に食い込んだ指の跡が今さら痛くなってきた。


「あの、お願いがあるんですが。私がこの世界の設定を作ったっていうのを、彼…女?に、黙っててほしいんです」


彼女の言いたいことは分かった。暫定タミ子からしてリコは、牢屋に1千年も閉じ込めた張本人なのだ。それをバラシて良い関係が築けるとは思えない。


「あ、ああ、うん。分かった、約束しよう。それにしてもアイツ、何なんだ?」



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