5-8


「その、さっきは……ごめんなさい。追い出して『帰れ』って言ったのは謝るよ」


 一応、その件に関しては謝罪する。

 でも、千夏さん達に放った暴言を許した訳じゃない。一歩踏み出すための、自分に対するけじめみたいなものだ。


「そ、そうよね。ママの悠都だもの、あんな酷いこと本気で言うはずないもんね。そ、それじゃあ一緒におうちに帰りましょ?」


 どうやら、母さんはまだ連れ戻す気でいるみたいだ。僕が追い出したことも、一時の気の迷いだと、心の中で処理するつもりらしい。


「僕は帰らない……ここに残るよ」


 だから、はっきりと自分の意志を示した。

 口をぱくぱく、目を白黒。従順だったはずの息子から明確な「ノー」を突きつけられて、母さんは困惑している。


「周りから見たら変な同居生活かもしれないけど、千夏さんと梨々花ちゃんとの暮らしが楽しいんだ。うまく言葉で表現出来ないけど、充実感っていうか満たされるっていうか……とにかく、僕はこの生活を続けたい」

「何よ、悠都はもう……とっくに手篭てごめにされていたのね……」

「いや、だからそんな関係じゃないんだってば!」

「じゃあ、何が満たされてるのよ」

「それは……――っ」


 問いに答えようとして、言葉に詰まってしまう。

 その言葉は、覚悟を持って言わないといけない。だけど今の僕にはまだその資格はないし、成し遂げるほどの力もない。

 楽観的、希望的観測。行き当たりばったりな言葉だ。

 だけど、僕は息を整えて――


「ずっと夢だったんだ、家庭を持つことが」


 ――言い切った。

 子供の時から漠然と持っていた、小さな願望。「幸せな家庭」なんて曖昧あいまいもろはかないものを欲していた。

 束縛されていたから理想の家庭を求めたのか。それとも形は違えど深い愛情を受けてきたからか。どちらが要因かは分からないけど、僕の根底にあったのはその願いだ。

 ひょんなことから半同居生活が始まって、星乃家と家族のような時間を過ごした。夫のような、父親のような、息子のような。そのどれでもあり、また違う、不思議なポジションに収まって。

 最初は距離感が掴めず困惑したり、周囲から後ろ指さされると怯えたり。でもそんな環境に段々と慣れていって、今では一緒にいるのが当たり前になっている。

 そんな日々が、かけがえのないものだった。

 きっと、母さんが僕のことを思うのと同じくらいに、今の生活が大切になっていたんだ。


「まだ結婚出来る年齢じゃないし、未来のことはまだ全然だけど……僕は千夏さんと、梨々花ちゃんと一緒にいたい。だから帰るつもりはないんだ」

「……」


 母さんは黙って俯いたまま、考え込んでいるようだった。

 あまりにも突拍子もない話のせいで、思考停止してしまったのだろうか。


「そ、それにっ。学校生活だってやっと軌道に乗ったっていうか、エンジョイしてるっていうか……他にも理由は色々あるから、ね?」


 このままではいけないと思い、慌てて他の理由も付け足すが、急ごしらえでスカスカな理由になってしまう。中身のなさが単語からも滲み出ていて、逆効果になりそうなくらいだ。


「……分かったわ」


 だけど、母さんは口を開いてくれた。


「一人暮らしは……認めるわ。あなたがそんなに『やりたい』ってことなんだもの。子供を応援しないなんて、ママ失格だもんね」


 拙い説得だったけど、かたくなだった母さんがやっと認めてくれた。

 いや、意固地になっていたのは僕の方だ。「理解されない」「聞き入れてもらえない」って、勝手に決めつけていたんだから。それこそもっと早く、素直になっていればよかったんだ。

 それもこれも、千夏さんと梨々花ちゃんのおかげだ。二人がいたからこそ、長年蓄積した親子のわだかまりが解消されたんだ。


「でもっ!あの女とか、その娘との交際は認めていないからねっ!そもそも悠都が結婚するとか嫌だからっ!」


 だけど印象は変わっていないみたいだ。やっぱり母さんは二人のことを敵視していて、過保護なきばき続けている。

 昔のベタなドラマに登場する、娘の結婚を反対する頑固親父みたいだ。性別は真逆だけど。


「だから恋愛関係じゃないんだって……」

「と・に・か・く!ママは帰るけど、不純なことは許さないからねっ!」

「し、しないよ、そんなこと絶対に!」


 結局最後まで勘違いしたまま、母さんは去っていた。

 おかげで一人暮らしは続けられるようになり、星乃家と離れずに済んだ。今の生活は変わらないままだ。

 それに母さんとも仲違いせずに事を終えられた。

 この平穏で奇妙な共同生活を、守り切ることが出来たんだ。

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