5-5


「うちの悠都に手を出して……それどころか麗奈までも……!」

「ですから、そんなやましい関係じゃないですってば。どちらかと言うと、梨々花のお婿さんになってほしいな~って」

「りりかね、ゆーとさんとけっこんする~♪」

「ふ、ふざけないでよッ!誰があなた達みたいなの……認める訳ないでしょ!?」


 怒りで歯を噛みしめ、ギチギチとした不快な音が漏れ出す。力の差が歴然じゃなければ、暴力に昇華したであろう憤りが、言葉のトゲになって溢れ出している。


「りりか、ゆーとさんのことすきなのにー……。どーしてダメなの?」

「当たり前じゃない。まだ子供の、しかも未成年を誘惑するような女の娘なんて、悠都がけがれるだけじゃない!」

「けが?」

「あなたは汚い子ってことよッ!」


 ……は?

 今、母さん、何て言った?


「え~、きたないかなぁ?きょうはどろんこ、してないよ?」

「そうじゃないわよ!不倫して未成年の家に転がり込むような女なんて、心が汚れているってことよ!」

「あのぉ、あたし実は一度も結婚してないんです」

「じゃあシングルマザーじゃない!しかも若い時に産んだとか、ホント後先考えない脳細胞が足らない女!きっと娘さんも低脳丸出しのあばずれになるでしょうね!?」

「ちょっと。あたしのことはいくら罵倒しても構いませんけど、梨々花のことを悪く言うのはやめて下さい」

「何よ、今更良い人面して私を悪者扱いする気!?」

「そうじゃなくて、子供に酷い言葉を言わないでってことです」

「もうけんかはやめようよー」


 さっきから、何なんだ。

 母さんはどうして二人のことを、そんなに口汚くののしれるんだ。

 ふつふつと、込み上げてくる。

 今まで感じたことのないくらいの、燃え盛る感情が。

 母さんに対して一度たりとも向けたことのなかった、視界を真っ赤に染め上げ荒れ狂う感情が。


「と・に・か・くっ!同居も結婚も認めないし、悠都は連れて帰ります!行くわよ悠都!?」

「…………さい」

「え、何?」

「うるさいんだよ、いい加減にしろクソババァッ!」


 積もりに積もり、溜めに溜め込んでいた感情が、遂に臨界点を突破した。

 僕の叫びが、狭い部屋の中を飛び交い木霊こだまする。

 水を打ったかのように静かだ。

 肩で息をする僕以外、みんな固まっている。

 千夏さんも、梨々花ちゃんも。

 そしてもちろん、母さんも。


「ゆ、悠都……?」


 初めて聞くであろう僕の怒声に、母さんは困惑して震えている。散々人に悪意ある言葉を浴びせていたくせに、いざ自分の番になると目を白黒させて、滑稽こっけいさが浮き彫りになっていた。


「千夏さんを、梨々花ちゃんを、好き勝手にけなして楽しいか……?何も知らないくせに見下して、優越感に浸れていい気分か……?」

「ち、ちが……」

「違わないだろ!?あんたはいつもそうだ!物事何でも自分の思い通りになると思って、自分が一番偉いと思って!僕の人生を玩具代わりにしてやりたい放題じゃないか!?小学校も中学校も、僕がどれだけ苦しんだか知らないだろ!?」

「そんな、そんなつもりじゃない……ママは、悠都のことを思って……」

「だったらこれ以上関わるな!僕の人生は僕が決めるんだ、母さんに指図なんかされたくない!」


 ずっと心の奥底に封じていた言葉が、決壊したダムのように止まらない。次から次へと溢れ出す。

 嫌われないように、母さんの気持ちに応えるように。そうやって我慢してきたけれど無駄な努力、全然意味がなかったんだ。

 だから、自分の居場所を守るために、積み上げたものを全部壊してしまおう。


「……帰れよ」

「え……?」

「帰れって言っているんだよッ!」


 もう言葉だけじゃ足りない。この安住の地にいる外敵を追い払わないと、僕は幸せになれない。

 永遠に母さんという呪縛から逃れられないんだ。


「ここから出てけッ!出てけよォッ!」

「いたっ、痛いっ!」


 母さんの手首を掴んで、無理矢理玄関へと引っ張り連れ出す。抵抗するけど構わずに、力任せに引きずっていく。男のくせに力が弱いのがコンプレックスだったけど、案外力があったんだな、と冷静に思う自分がいた。


「やめて悠都、お願い、ママを見捨てないで悠都ちゃんッ!?」

「知るか……!」


 力一杯突き飛ばし、安住の地の外へと弾き出す。よろけた母さんはマンションの外廊下にへたり込み、怯えた目で僕を見上げている。捨てられた子犬のような、切羽詰まって懇願する目だ。でも、慈悲を見せる気はない。


「二度と……二度と僕の人生を邪魔するな……!」


 ――バタンッ!

 拒絶の意志を示すように、僕は荒々しく金属の扉を閉めた。

 ――ドンドンドンッ!ドンドンドンッ!

 激しく打ち付けられるノックと、くぐもった母さんの許しを請う声が聞こえるけど、聞き入れるつもりは毛頭ない。

 中から反応がないことに気付くと、ノックは次第にかき消えるくらい小さくなり、やがて聞こえなくなった。

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