5-4


「臭う……臭うわ。やっぱり、他の女を部屋に上げたわね!?」

「えっ――!?」


 おもむろに鼻先をひくつかせると、母さんはあっさりと正解に辿り着いた。


「おかしいと思っていたのよ。あの悠都が部屋を汚くするはずない……じゃあ、どうして?その答えは一つ、泥棒猫がいた形跡を隠そうとしたからね!」

「うっ」


 完全にドンピシャだ。文句の付けようがないくらい、ど真ん中ピンポイントに撃ち抜いてきた。名探偵もびっくりだろう。


「そ、そんなことないからっ……ホントに僕だけの部屋だから、ね?」

「いいえ、誤魔化してもダメよ。微かに女の臭いがするんだから」

「そうかな……全然しないけど」

「ママの嗅覚は犬並よ、犬飼だけに」


 やかましいわ。

 と、ツッコミを入れる余裕はない。必死に隠してその場しのぎをしたのに効果なし、女性を入れたことまでバレバレだ。薄っぺらな嘘では即座に見抜かれるという、お手本のような状況になってしまった。


「これだから一人暮らしさせるのは嫌だったのよ!ママの悠都を汚す女は絶対許さないんだからっ!」

「あ、あの、母さんのって訳じゃ……」

「どこのどいつなのよ、あなたをたぶらかした女は!?」


 母さんは怒り心頭、今にも脳天から溶岩が噴き出しそうなくらいに、全身真っ赤に染まっている。

 このままでは僕の強制送還どころか、千夏さんとの大喧嘩に発展しかねない。幸いまだ昼間なので帰って来ることはないが、もし母さんの視界に入ったらおしまいだ。その前になんとしてもこの場を離れないと……。


「ゆーとさ~ん、たっだいま~っ!」


 だが、最悪の事態はすぐに訪れた。

 スモック姿の梨々花ちゃんが、部屋の中に飛び込んできた。

 いつもより早い、梨々花ちゃんの帰宅。ということは――


「こら、梨々花!鞄を放り投げないの!」


 ――母親の千夏さんも、当然やってくる。

 これだけは絶対に避けないといけない。そんな最後のとりですら死守する暇なく、いとも簡単に崩れ落ちてしまったのだ。


「あら、悠都君。早いお帰りね」

「千夏さんも、何で……?」

「今日は半日保育なのよ。あれ、言ってなかったっけ?」


 聞いてないです。

 どうして最悪のタイミングで、滅多にないことが重なってしまうんだ。運が悪いにもほどがある。


「……ところで悠都君。この人誰?」

「う、うちの母です……」

「まぁ、そうなの!初めまして、あたしお隣の星乃千夏と――」

「あなたが悠都をッ!」


 その刹那せつな。無防備な千夏さんへと母さんが掴みかかる!


「きゃっ!?」


 小さな悲鳴を上げながらも、ひらりとしなやかな足取りでかわす。ヒーローショーで鍛えている千夏さんにとって、素人の動きを見切るのは余裕らしい。


「あれ?あたし、何か悪いことした?」

「存在そのものが悪いのよ!」


 続けてビンタが繰り出されるが、それも紙一重で避けてしまう。

 空を切る母さんのてのひら。勢いそのままに一回転するとバランスを崩し、どさりとフローリングの上に倒れ込む。顔面からだった。


「わーっ!ママつよーい!」

「ふふんっ。まぁねっ♪」


 娘に褒められて。得意げに鼻を鳴らす千夏さん。その背後から飛びかかる影が一つ。


「よっと」


 焦りのない余裕のターンで振り返ると、右手一本で母さんの頭を押さえて突撃を受け止める。鍛えられた体幹はブレることなく、威力を完全に殺していた。

 まさにプロの技だ。暴漢相手にも無双しそうな雰囲気がある。ただの専業主婦である母さんでは、到底太刀打ち出来ないだろう。


「きぃぃーーっ!何なのよあなたっ!」

「だから隣に住む者ですってば」

「だったら隣の部屋に帰りなさいよーっ!」


 一歩退いた母さんは暴力では敵わないと察したようで、口撃作戦に切り替えたみたいだ。昔からモンスターペアレントとしてクレームをつけてきた、歴戦の手腕が火を噴いた。


「でもあたし達、悠都君と半分暮らしているんだもんねー」

「ねー」

「半分!?意味分からないわ、何言っているの!?」

「一緒に夕飯食べたりうちの梨々花をお風呂に入れてくれたり、寝る時以外は一緒にいるかんじ?」

「はぁ!?あなた正気!?」

「妹さんも知っているはずだけど……」

「れいなおねーさんだねー」

「麗奈まで!?あなた達、どこまで私の家庭を滅茶苦茶に……!」


 ああ、凄いスピードでネタバレが進んでいく。もうここまで来たらどうにでもなれだ。今の生活を全部知ってもらった上で、母さんに認めてもらうしかない。


「か、母さん。僕は千夏さん達と生活していて……その――」

「悠都は黙っていなさいッ!」


 金切り声で怒り狂った剣幕が、僕の口を閉ざさせた。

 もう、その耳に言葉は届きそうにない。

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