5-3


 だから、千夏さんと梨々花ちゃんとの関係がバレるとマズイんだ。

 シングルマザーと良い仲になっていて、その娘からも好かれている。しかも結婚を申し込まれているなんて知られたら、悪い虫が付いたと騒ぎ出すだろうし、間違いなく実家に連れ戻されてしまう。高校も勝手に中退させられて、母さん希望の別の学校に入学させられる可能性も高い。

 頼むから、このまま穏便に帰ってもらいたい。


「あら?なんだか随分ずいぶんと部屋が荒れているわね?」

「そ、そうかな?」

「なーんか片付け途中みたいなかんじがするのよねぇ……」


 さすが母さん、鋭い。

 僕、そして現在は麗奈を監視しているだけのことはある。その技能を、もっと有益なことに活かしてほしい。


「ほ、ほら。男の一人暮らしだし、整理整頓がいい加減になるっていうか……よくある話でしょ?」

「もう、ダメじゃない。そんながさつな男子みたいになっちゃ、可愛い顔が台なしなんだから」

「べ、別にそれ関係ない気が……」

「よかったら、ママが片付けてあげるわよ?」


 それは絶対にノーだ。急いで押し入れに突っ込んだ品々が、白日の下にさらされてしまう。少しでも押し入れに触れられたらゲームオーバーだ。


「いい!いいってば!そ、それより何の用なの!?」

「用は……う~ん、特にないわね。心配になって様子を見に来ただけかな」


 なんてはた迷惑な訪問だ。しかも三ヶ月しか持たなかったということは、今後もシーズンごとに心配性を発症させるつもりなのか。その度に大慌てで隠蔽工作をしないといけないのか。

 やっと束縛から抜け出したと思ったのに、これじゃあんまりだ。


「ぼ、僕は大丈夫。ちゃんとやっているから」

「ちゃんとって言う割には、部屋が汚いわよ?」

「それは、こっ、これから改善するから、ね?一日三食早寝早起きして健康的に生活出来ているからっ。心配しなくていいからねっ」

「何焦っているのよ、悠都ったら」


 適当に生活を報告したら、さっさとお帰りいただこう。と思っているのに、まだ散らかった部屋のことが気になっている様子。早く出ていってほしい。冷や汗がたらり、としたたり落ちる。


「久しぶりのママとの再会なのに、どうしてそんなに冷たいの?そんなにママのこと嫌い?」

「そ、そんなことないよ……ははは」


 どうして邪険じゃけんにされているのか自覚していないというのも、より一層性質たちの悪さに拍車をかける。自分が正しいことをしていると疑っていなくて、周りが文句を言っても直そうとしない。しかも自己愛が強くて、自分は絶対に好かれると思っている。だから自分の子供を異常なまでに溺愛して、その一方で思い通りに動かそうとしているんだ。


「ならどうして追い返そうとするのよ~っ」

「えっと、ほら、年頃の男子ってプライベートな空間を大切にするっていうか、踏み込まれるのが苦手っていうか……」


 こんなこと、息子本人が説明しないといけないことなのだろうか?思春期の子供の育て方で、過度に関わろうとするのはNGだって、育児の本とかに書いてあるはずだと思う。

 というか、言語化すると余計に恥ずかしくなるんですけど。


「いいじゃないっ。悠都はその辺の汚らしい男子とは違う、ママの最高の息子なんだから!」


 しかも、その返しである。

 根拠もなく言い張れる、その謎の自信がうらやましいくらいだ。


「で、でもね、僕も一人の場所を手に入れたから、その……あんまり母さんとべったりってのも……」

「ママは三ヶ月ぶりの悠都成分を補給したいのっ!それがダメなんて言われたらママはもう……っ!」


 あー……面倒臭いスイッチが入っちゃったよ。

 母さんお得意のセンチメンタルモード……いや、かまってちゃんモードが。

 こうやって悲劇のヒロイン(四十歳)を演じて周囲をたじろがせ、話をうやむやにした上で自分の意見をゴリ押す。実家暮らしだった時に何度もやられた手口だ。おかげで何度僕の方が折れたことか……。


「もしかして……ママより好きな人が出来たの!?」

「……は?」

「まさか恋人でもいるの!?ママの大事な大事な悠都を汚すような女がいるってことなの!?」

「ちょっ、落ち着いて!?一旦落ち着こうよ母さん!?」


 そりゃ当然、年頃の男子ですもの。恋くらいしますよ。それどころか好きな人と一つ屋根の下になっていて……いや、マンションだから、正確には同じ建物の屋根の下か。でも実りそうにない状況で……。

 って、そうじゃなくて!

 重度のマザコンじゃない限り、息子はいつか離れていくものだから!僕に対する依存度が高過ぎるから!

 これ、本気で言っているのが怖いよ!?

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