5-2


 マンションの階段を一段飛ばしで駆け上がり、自室に転がり込むとすぐに作業開始。千夏さんの私物や梨々花ちゃんの玩具など、明らかに僕の物じゃない品々を押し入れに突っ込む。そこに増えた食器やフライパンなども乱雑に仕舞い、僕以外の人がいた形跡を消していく。

 まるで刑事ドラマの証拠隠滅シーンか、不倫をひた隠しにする不届き者みたいだ。悪事を働いているようで、あまりいい気分がしない。でもやらないと大変なことになる。ほぼ確実に、今の生活が台なしになるほどの大問題になってしまうんだ。


「あと、あとは何だ……?」


 他に同居を悟られそうな物は残っていないだろうか?

 キョロキョロとカメレオンのように素早く目を動かし、部屋の隅々まで確認していく。

 鼓動が激しく血流を回していき、息が苦しくなってくる。

 落ち着け、落ち着くんだ僕。

 冷静に、見落としがないように。細心の注意を払うんだ。


 ――ピンポーン。


 チャイムの音で、発熱した体に氷塊が落ちた。

 来た。

 ついに裁きの時が来てしまったんだ。


 ――ピンポーン。


 再びチャイムが鳴る。

 本当に誰もいないのか確認しているようだ。

 このまま居留守を使う、という手に出たいのだけど、残念ながらそれは不可能だ。


 ――ガチャ、ガチャガチャ……ガチャンッ!


 母さんはスペアキーを持っている。

 一人暮らしの許しを得る代わりに、有事の際の保険として渡すという約束だったから。その有事とはもちろん、今のような状況。母さんが、僕の元に尋ねに行きたいと思った時用だ。

 ドタドタと床を踏みならして、まるで我が家のように無遠慮に、母さんが侵入してきた。


「きゃっ!?いたの、悠都!?」

「あ、あはは……ちょっとね」


 リビングで鉢合わせだ。

 ボリュームある長い髪の毛にはピンクのメッシュ。歳の割に若く見えるとはいえ少々キツイ、露出の多い丈短めなワンピース。化粧も若者みたいにパステルカラーで、ポップな可愛さを演出。まごうことなく僕の母親、犬飼|まいがそこにいた。


「もう、いるならちゃんと出てきなさいよ」

「そんなことより、何で急に来たんだよ……」

「ちゃんと麗奈には伝えておいたからいいのよ」


 なるほど、麗奈は学校であの連絡を受けてピンチを察し、僕にメッセージを送ってくれたんだ。

 しかし、麗奈にだけって父さんのことは無視か。まぁ連絡したところで止められるのがオチって分かっているだろうし、わざわざ電話しないか。


「ママ、この三ヶ月ず~っと心配だったのよ?こ~んな可愛い息子を一人都会に送るなんて、心臓が張り裂けそうだったんだから」

「そ、そうなんだ」

「あぁん、素っ気ないわね!ママがこんなに愛しているのに~」


 この絡み方、何一つ変わっていない。それどころか悪化している気がする。

 これだから嫌だったんだ、母さんと一緒にいるのは。


 うちの母さんを簡潔に言い表すなら、過保護で過干渉な溺愛系子離れ出来ない母親の最終進化形態だ。

 僕の顔は母さん似なので毎日のように「可愛い」とベタ褒め。自画自賛にもほどがある。でも、それだけなら実害はないので耐えられた。

 問題なのは大事にするあまり、僕のやることなすこと全てを管理しようとしたことだ。


「ぼく、おそとであそびたい」

「ダメよ。外は危険がいっぱいなんだから」

「けんのおもちゃがほしいよー」

「戦いなんて野蛮やばんだからダメ。それにケガなんかしたら大変なのよ?」

「おともだちとあそびにいっていい?」

「え、あの子と?あんな乱暴な子と遊んだら悠都ちゃんまで暴れん坊になっちゃうじゃない」

「おんなのことならいい?」

「もっとダメよ!どんな手で誘惑してくるか分からないもの!」

「じゃあ、ぼく、どうしたらいいの?」

「遊び相手も玩具も、お勉強だってママが全部選んであげるわ。悠都ちゃんが良い子に育つように、最高の子育てをしてあげるの。だから何も心配しなくていいのよ?」


 と、こんな調子だ。

 幼児期はそれが正しいって思い込まされていたけど、小学校に上がってからは徐々にうちが異常だって気付き始めた。周りの子は自分のことは自分で決めているのに、僕には出来なかった。

 でも、どうにかしてそんな自分を変えたかった。

 だから勇気を出してクラスの子に声をかけて、友達を作ろうとした。母さんに言わなければ大丈夫だと思っていた。

 だけど、それもあっという間に壊された。過保護アンテナを張った母さんが、気付かない訳なかったんだ。

 母さんは友達の家に乗り込んで「うちの子に悪い影響を与えないで!」「傷つけたら絶対許さないから!」と怒鳴り込んだのだ。しかも長時間、玄関先で激しくののしった。完全にモンスターペアレントのそれである。

 そのせいで折角築き上げた交友関係は更地に戻り、この一件が噂になって誰も僕と関わらないようになった。触れるだけで大事になる、地雷そのものな扱いになってしまった。

 そんな束縛地獄から抜け出すために、僕は一人暮らしを決意した。幸い父さんは一人暮らし賛成派で、家賃や学費などのお金の工面もしてくれた。だけど母さんは大反対。何か問題が発生したら即連れ帰ると息巻いていた。

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