第五章:抑圧、辛辣、大爆発。

5-1


「まぁ、疑われるよな」

「ですよねー……」


 学校の昼休み。購買で買ってきた弁当を突きながら、哲君に土曜日のいきさつを話した。実は千夏さんの恋人だ、と勘違いされた件についてだ。


「ロリ……いや、ペドと風呂に入るとか普通じゃないから、それなりに深い関係があるって勘ぐられるのは仕方ないと思うぞ」

「ごもっともです」


 哲君も僕と同意見なようだ。

 まぁ誰がどう聞いても、それ以外の答えが出ない状況ではある。半共同生活にはツッコミどころがあり過ぎるのだから。


「え!?い、犬飼君って、つつつ付き合っている人、いるの!?」

「うわ、びっくりしたなぁ!?」


 音もなく胡桃沢さんが生えてきた。

 毎度のことだけど、無音でやってくるの怖いからやめてほしい。年中マナーモードなんですか。


「こいつのお隣のママさんと、いい仲になってるんじゃないかって間違われただけだよ」

「なぁんだ……」

「でも悠都は、そのママさんのことが好きなんだよな~?」

「ちょっ、バラさないでよっ!?」


 哲君ってば、さらっと自然な流れで暴露したよ。

 別に隠すようなことじゃないけど、いざ言われると恥ずかしくなってくる。特に女子の前でなんて、メンタルへのダメージが凄いよ。


「大丈夫だ。そっちの方がダメージデカそうだから」

「あ、ホントだ」


 哲君が指さす先で、胡桃沢さんが立ったまま気絶していた。真っ白になっている。

 僕に好きな相手がいるからショックを受けるなんて、もしかして胡桃沢さんは本当に……――いやいや、自意識過剰だからソレ。謙虚に生きましょう。そうしましょう。


「前も言ったけど、千夏さんとはほぼ脈なしだってば」

「でも娘との関係は良好なんだろ?周りが勘違いするくらいってことは、まだチャンスはあるんじゃねーか?」

「それは……一理あるかも」


 榊先生から見て僕と千夏さんがお似合いと感じたということは、脈なしでも相性が悪いという訳じゃない。何度もアタックしたら恋が成就する可能性だってあるんだ。

 って、一度も告白していない上に甲斐性なしの学生って時点で、将来性なしのダメダメな気がするけど……。


「最悪、娘が大きくなってそっくりになるのを待つとか」

「それはないから」

「でも結婚したいって告白してくれたんだろ?」

「どうせ大人になったら忘れちゃうって」

「じゃあ今のうちに」

「相手ロリだからね!?」

「――はっ!ロ、ロロロリコン堕ちなんて、しちゃダ、ダメですよっ!?」

「目覚めて早々のセリフがそれですか、胡桃沢さん!?」


 毎日こんな調子でふざけ合う。哲君にはいじられて、胡桃沢さんは何故かよく絡んできて。その辺の陽キャ集団ほど派手じゃないけど、心地良い騒がしさに満たされた時間。

 小、中学校時代なんかよりよっぽど充実した日々だ。

 親元にいたら絶対に手に入らなかっただろう、代えがたい青春という名の経験。この当たり前がいとおしい。


 ――ピコン♪


 スマホから通知音が鳴った。

 誰からのメッセージかと思って画面を開くと、送り主は妹の麗奈だ。あちらから連絡してくるなんて珍しい。というより僕が一人暮らしを始めてから初じゃないか?

 ということは、それだけ重要な内容なのだろう。そう思ってメッセージ画面に目を移して――血の気が一気に引いた。


『ママがそっちに向かっているみたい』

『例の心配性が爆発したっぽい』


 書かれていた文章はたったの二行。

 でも、それだけで僕を震え上がらせるには十分な威力だった。


「最悪だ……」


 幸せな時間から急転直下。奈落の底へと叩き落とされた気分だ。


「ど、どうしたんですか?か、顔色、とっても悪いです……」

「真っ青通り越して群青色になってるぞ」


 二人が心配そうに覗き込んでくるけど、今の僕に冗談を返すような余裕はない。

 今すぐ手を打たないと、とてもマズイことになる。

 漠然と、だけど強烈にそんな予感が脳内を支配していく。


「僕……早退するからっ!」


 僕は急いで弁当を片付けると、残りの荷物も纏めて帰り支度をする。


「はぁ?お前、急にどうしたんだよ?」

「お、お腹でも痛いんですか?」

「ごめんっ。詳しいことはまた今度話すから……!」


 説明する時間も惜しい。二人には簡単に謝っておき、すぐに学校を飛び出した。

 妹がどの時点で母さんの出発に気付いたのか分からないけど、実家からここまで電車で一時間はかかるはず。マンションに辿り着く頃には、残された時間は四十五分程度。それだけあればを隠すことが出来るだろう。

 母さんに知られてはいけない。

 千夏さんと梨々花ちゃんとのことはバレちゃいけないんだ。

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