第四章:土砂降り、お帰り、振り返り。

4-1


 土曜日。

 自室で流れる、静かな休息の時間。

 折角の休日だというのに、梅雨に入ったせいで外はバケツをひっくり返したような土砂降り。空はどんより鈍い灰色が占めており、割れんばかりの雨音が奏でられている。テレビのニュース番組では大雨に関する注意報がひっきりなしなくらいである。

 だけど僕にアウトドアな趣味はないので、外に出られないことも大した苦痛ではない。もし梨々花ちゃんがいたら外遊びに付き合っていたかもしれないけど、土曜日は保育園に預けられている。外出の用事がないのだ。


「千夏さんも大変だよな……」


 女手一つで娘を育てていく以上、休みを返上してでも働く必要がある。そのため梨々花ちゃんも休日を保育園で過ごしているんだ。相対的に親子の時間は短くなる。

 二人とも平気そうに振る舞っていて、苦労や寂しさを見せることがない。それが素の振る舞いなのか、それとも無理をしているだけなのか。二人のことを思うと不安の念をを禁じ得ない。

 もし、僕に出来ることがあるのなら全力で協力したい。千夏さんの手助けになりたい。

 もっとも、役に立つのかと言われたら微妙なところではあるけど。


「そろそろ時間かな」


 時刻はもう少しで午後五時を回る。

 平日の保育園は夜まで預かってくれるが、休日は夕方には閉まってしまう。なのでそれまでにお迎えにいく約束となっており、いつも通りなら二人が帰ってくる頃合いだ。

 しかし、その気配がない。

 大雨のせいで帰りが遅れているのかもしれない。注意報も出ているので心配になってくる。

 そんな時、スマホがバイブレーションし、着信を知らせてくれる。

 電話をかけてきたのは噂をすればなんとやら、千夏さんだった。


『あ、もしもし悠都君?』

「何かあったんですか、千夏さん?」


 電話口の千夏さんはどこか焦ったように早口だ。周囲からも慌ただしい声が響いており、悪天候も相まってノイズが激しい。あと、何故かヒーローソングが流れている。


『仕事がトラブっちゃって、時間までに梨々花のお迎え出来そうにないのよ』


 案の定、仕事関係が面倒なことになっているようだ。まるで初めて梨々花ちゃんを預かった時のような雰囲気だった。

 仕事のトラブルって何なのだろうか。千夏さんの仕事は書店の店員だったはず。ということは大雨で入荷予定の本が届かないとか、大方天気のせいによるものだろうか。でも電話の向こうの様子はちょっと違う雰囲気がする。それどころか書店ですらないような……。

 いや、今それは関係ない。千夏さんが仕事で困っている、それだけ分かれば十分だ。


『それで、梨々花を迎えに行ってほしいんだけど、いいかな?』

「いいですけど、僕で大丈夫なんですか?」

『園にはもう連絡したから問題ないわ。それに悠都君が来たら梨々花も喜んでくれると思うから』

「ははは、そうかもしれませんね」

『それじゃ、よろしく頼むね』

「千夏さんも気を付けて」


 お願いを快諾して、通話を終了する。

 最初の頃は「幼児を預かるなんてどうすればいいんだ」と思案に暮れることもあったけど、今では当たり前になった。恐れることなんてない。

 それに大好きな千夏さんの頼みだ、断る理由がない。どんなに好感度を稼いでも眼中にないから無意味だと分かった今でも、それが変わることはなかった。


「傘は大きい方がいいよな……うーん」


 梨々花ちゃんも自分用の傘は持っていると思うけど、一緒に歩いて帰ることを考えると大きめの傘一つに入った方がいいかもしれない。風も強めなので万が一吹き飛ばされたら大変、という懸念もある。


「……相合い傘かよ」


 ふと、小学生時代のからかい合いを思い出した。

 女子の傘に入れてもらった男子を茶化す、よくある低レベルないじりだ。傘状のマークにハートと二人の名前を書く、全国でも定番のやり方。

 もっとも、見たことはあるけど僕には一切経験がない。恋の話とは縁遠く、茶化し合いをする仲の良い相手もいなかった。そんな灰色の少年時代。まさか初めての相手が幼児になるなんて、当時は思いもしなかった。人生何が起こるのか、一寸先は闇ならぬ、一寸先はロリだ。


「おっと。そんなことより、早く行かないと」


 園が閉まる時間はとうに過ぎている。あまり遅れると先生方の迷惑になってしまう。すぐに出発しないと。

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