幕間:犬飼麗奈の帰路道中
ボクが家出したのは、ママから逃げたかったからだけじゃない。
あのおにいがどうなったのか、知りたかったって理由もある。
おにいはボクの先を歩く指標だ。ママの魔の手から逃れて、自分の道を進み始めた、未来のボクそのものだ。
そして大切な、たった一人のおにいなんだ。
だから星乃家に出会った時、嫌悪感が全身を襲った。
若くして子供を作るような、後先を考えない知能指数の低い女。そんな人間がおにいと親しくなって、あまつさえ一部生活を共にしていると言う。
到底許せることではない。
ボクは徹底的に問い詰めた。
でも、段々と責める気持ちが失せていった。
千夏さんはいい加減なところがあって、子供の前でも平気で下ネタを話すような人だ。だけど自分の悪いところは認めているし、娘のことを第一に考えている。それに本人はおにいに恋愛感情を持っていないらしい。
あと、肉じゃががおいしかった。
ここで水を差して仲を引き裂いてしまったら、ママと一緒になってしまう。
「帰ったら怒られるよね……」
電車の座席で揺られながら、これからのことに思いを
家出したことは絶対に怒られるだろう。それからボクのやることなすこと、全部監視するようになるかもしれない。
だけど帰るって覚悟を決めたんだ。
「あの子のせい……ううん、おかげかも」
昨日の夜のこと。
食事を終えてから、ボクは梨々花ちゃんと遊んでいた。初めて会ったボクに興味を持ったのか、それともおにいの妹だからなのか。梨々花ちゃんの方から誘ってきたのだ。
正直やりたいゲームがあったのだけれども、ママからの通知がウザくて集中出来ないので、気まぐれに遊び相手をしてあげた。
思いの
そんな中、ボクは何気なく聞いてみた。
「梨々花ちゃんは、ママのこと好き?」
……って。そうしたら、
「うん、だいすきっ!」
即答だった。
ボクには絶対出来ない答えだった。
「どうして?」
「えー、そうだなー。う~ん……」
梨々花ちゃんは大げさに頭をひねる。
聞き方が悪かったのかも。別の質問に変えようか。そう思っていたところに、
「だって、ママはひとりしかいないから」
ぽつりと、その言葉が鼓膜を揺らした。
「りりかはね、パパがいないから、ママしかいないの。だからね、ママはとってもだいじでね、だいすきなんだよ」
迷いのない純粋な眼差しで、梨々花ちゃんはそう言い切った。
一人親家庭で苦しい生活を強いられているだろうに、梨々花ちゃんはたった一人の肉親を大切に思っている。
自分とはまるで大違いだ。
それなりの生活をさせてもらっているくせにママを嫌って家出して、それどころか千夏さんのことまで
後先考えないバカはボクの方だ。
梨々花ちゃんのおかげで、目が覚めた。
考えなしに逃げて家を飛び出したからって、何かが変わる訳じゃない。むしろ事態を悪くするだけなんだ。
ボクのママ。問題ありまくりの困った親だけど、紛れもなく唯一人の母親なんだ。ちゃんと向き合って、自分の思いをぶつけないと。
おにいみたいに家を出るかどうかは、その後決めても遅くはない。
だからそのために、ボクは実家に戻るって決めたんだ。
おにいのいる街が後ろへと流れていき、どんどん遠くなっていく。後ろ髪を引かれるような、思い残りがあるもどかしい感覚。
千夏さんも梨々花ちゃんも、悪い人じゃない。半日程度の付き合いだったけど、一緒に過ごす姿はほのぼのとしていた。いい仲だと思う。
だけど、ちょっとだけもやっとする。
大切なおにいが、文字通り遠くにいってしまった、そんな喪失感みたいな。
「はぁ。……バッカみたい」
おにいだって一人の男だ。その内彼女が出来て、「僕達、結婚します」なんて話になるかもしれない。それは梨々花ちゃんなのか、それとも別の女の子なのか。どっちにしろ、ボクの元からいなくなる。
そんなこと、当たり前なのに。
どうしても、トゲみたいに引っ掛かり続けている。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます