2-8


「悠都お兄さんとここねお姉さんにお礼を言いましょう」

「『「ありがとーございましたっ!」』」


 なんだかんだ色々あったけど、子供達との時間はあっという間に過ぎていった。

 気付けば時刻は午後三時、職場体験終了の時間だ。

 最初は一日中子供の相手をするなんて地獄だと思って、行きたくない気持ちでいっぱいだった。それに梨々花ちゃんと遭遇した挙げ句半同居生活していることもバラされて、生きた心地がしない瞬間もあった。

 だけど終わってみたら一瞬ので、心配するようなことじゃなかった。人間、以外と何とかなるものだ。


 そういえば今日の梨々花ちゃんは、普段よりも大人しかったような気がする。僕と遊ぶ時は大抵大騒ぎになる子なのに、保育園ではあまり絡んでこなかった。どちらかと言うと他の子ばかり僕のところに来ていて……梨々花ちゃんとの間柄について、根掘り葉掘り聞いてきていたっけ。昔の恋愛ドラマみたいな、クラスのマドンナ的なポジションなのだろう。みんな知りたいことがたくさんあるのだ。

 そのせいか梨々花ちゃん本人は、先程からじとーっとした目で見つめてきている。折角保育園で会えたのにあまり遊べなかったので、ちょっぴり不機嫌みたいだ。恨むならむらがってきたお友達を恨んで下さい。


「ねぇねぇ、ゆーとおにいさん。さいごにきいてもいーい?」


 一人の女の子が手を挙げる。

 質問の内容は、どうせ梨々花ちゃん関係のことだろう。今日一日で散々聞かれたので、もう気にもならない。


「何かな?」

「おにいさんはりりかちゃんと、ほんとにけっこんするの?」

「ぶふぉっ!?」


 盛大に噴き出してしまった。

 驚くほどにストレートな質問、しかも保育室の真ん前で。ずっと「お婿むこさん」って言っていたからいつかは聞かれると思っていたけど、よりによって最後に打ち込んでくるとは。立つ鳥跡を濁さず、どころかかき乱したスクランブルエッグ状態だ。


「そーだよ~♪りりかとゆーとさんは、とってもラブラブだから、ぜったいけっこんするんだよ!」

「ちょ、勝手に設定付け加えないで!?」


 本日の不満を解消するかのように、梨々花ちゃんが大々的に余計な宣言する。

 瞳の中にはきらめく星々、満開に咲き誇る笑顔で言わないでほしい。

 結婚する気なんてないから、ラブラブカップルなんかじゃないから。あくまでも「仲の良いお隣さん」なんだからね!?


「えー、おにいさんとかよー。オレねらってたのにー」

「あたちじゃダメなの、りりかちゃん!?」

「おとなとけっこんっていいよね~」

「でもちっちゃいじゃん」


 だから、さらっと悪口はやめてってば。身長低いの気にしているんだから。全部聞こえているからね。

 あと男子だけじゃなくて、女子からの人気も絶大なんだな梨々花ちゃん。百合ゆりの花が咲いてそうな子もいて、将来有望そうだった。


「あれ?ゆーとおにいさんは、ここねおねえさんとけっこんじゃないの?」

「ふぇっ、私っ!?」


 今度はずっと黙っていた胡桃沢さんに被弾した。

 完全に流れ弾だ。


「だっておねえさん、ずっとおにいさんのことみてたじゃん」

「わた、私、そ、そそそんなことっ……」


 子供に指摘された胡桃沢さんは、ほほ紅潮こうちょうさせて慌てふためく。小刻みに震えてパラパラダンスみたいな動きをしている。前髪に隠れて見えないけど、目も全力で泳いでいそうだ。

 ん?ずっと僕のことを見ていた……?

 自分のことだけで精一杯で、全然気付かなかったぞ。子供って意外と観察眼が鋭いんだ、と思った……――じゃなくて!胡桃沢さんはどうして僕のことを?ロリコンのヤベーヤツだと疑っていたから?それとも他に理由が……?


「ダメだもんっ!ゆーとさんはりりかのものだからねっ!」

「私、犬飼君のこと、そ、そんな風に思ってなんか……ごにょごにょ」


 嫉妬した梨々花ちゃんが対抗してくるわ、胡桃沢さんは自信なさげに口ごもるばっかりだわ。

 もう滅茶苦茶めちゃくちゃなんですけど。助けて。


「あの、誰のものでもないんですけど……」


 そんな僕の思いを拾ってくれる人はおらず、大騒ぎは続いていく。

 どうして誰も僕の意見も聞いてくれないんですかね……?

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