2-6


「それって、どういうことかな?」

「だからね、ゆーとさんとけっこんするってことだよっ!」


 はい、とどめの一撃いただきました。

 次の瞬間、子供達が一気にざわめき出す。「お婿さん」の意味が分からなかった子でも、「結婚」のワードで事態が飲み込めたようだ。


「うそっ、りりかちゃんが!?」

「あたちすきだったのにーっ!」

「ほ、ほんとうかよ?」

「でもちっさいおにーさんじゃん」


 なんか、しれっと悪口言った子がいた気がするんですけど。

 身長のことは言わないでほしい。本気で傷つくから。あと、君達よりよっぽど大きいからね。


「えっと、悠都さん?梨々花ちゃんとの関係について、聞いてもいいかな?」


 ゆっくりと振り返る榊先生は、ひくついた笑顔でニッコリ。もしかしなくても、何か妙な勘違いをしてますね、コレは。

 だから会いたくなかったんだ、疑いの目を向けられるって察していたのだから。


「いやいやいや!?こ、子供の言う結婚ってことですよ!?お、お隣同士ってことでよく遊ぶことがあるんで、まぁその、親愛とかそんなかんじの意味で……」


 両手をばたつかせて、僕は全力で否定する。別にやましい関係じゃないのだから、間違ったことは言っていない。あくまでもただの隣人。千夏さんのことが好きだとか、娘の梨々花ちゃんがそっくりだとか、その辺は全然関係ないから。


「え~?きのうだって、いっしょにおふろはいったじゃ~ん」

「だああっ!?ちょ、梨々花ちゃん!?その話はやめて!?」


 昨日の入浴は初めてのことだ。千夏さんに頼まれて仕方なくやった、普段絶対しないことだ。間違っても他意はないから!


「犬飼君って、もしかして……」

「待って胡桃沢さん!?弁解させて!?ホント、頼まれただけで……」


 秘密の暴露ばくろと慌てふためく僕の醜態しゅうたいを見て、胡桃沢さんは思い切り距離をとっている。

 これは明らかに、僕=ロリコンの犯罪者の図式が組み立てられている。このままだと変態性癖が噂になって退学、最悪の場合前科一犯扱いになるかも!?


「ぜ~ったい、ゆるさないんだもーんっ!」

「ぎゃんっ!?」


 すねに向かって鋭いローキック。

 女児の渾身こんしんの一撃が、人体でも特に痛いところを的確に突いた。


「いった……っ!」

「どーだ、まいったかっ。このわるものっ!」


 崩れ落ちた僕は、じんじん痛む脛をさする。骨まで痛い。あざになっていそうだ。

 蹴ってきた女児は、ハート型の髪留めをいくつも付けている子だった。先程のざわつきの中で「梨々花ちゃんのことが好きだったのに」と嘆いていた子だ。慕っている相手をられてしまい、僕のことを泥棒猫どろぼうねこだと思っているんだろう。名字的には犬だけど。


「ピュアルミ・ドルフィン・キック!」

「ぐふっ!?」


 今度は回し蹴りが脇腹に食い込んだ。幼児の技だから力は弱いけど、地味に痛い。内臓に響いて朝ご飯が戻ってきそうだ。

 ……ん、ピュアルミ?

 それにその技名、聞き覚えがあるような……。


「おにーさんなんて、ヨゴシタルみたいにたおしちゃうんだからねっ!」


 腕を組んで仁王立ち。サイズはミニなのに態度はビッグな女の子だ。

 しかし、先程からこの子の口から飛び出す単語が、どれも聞いたことのあるものなのが気になる。

 ピュアルミ。

 ドルフィン。

 ヨゴシタル。

 ああ、『アクアリウム☆ピュアルミ』の話か。そういえば、哲君にみっちり教えてもらったんだよね。


「オレもいっしょにたたかうぜ!」

「あたしも!」

「ぼくもいく!」


 ピュアドルフィンのなりきりを皮切りに、次々と子供達が参戦してくる。それぞれ変身ポーズを取っていて、僕のことを悪役に見立てているみたいだ。

 いや、みんなにとって梨々花ちゃんを独り占めする悪者、って意味では間違っていないんだろう。酷い思い込みだけど。

 哲君からのオタク情報で、子供達が何になりきっているのか、ポーズでなんとなく分かる。武錬ぶれんファイターにスーパーバトルぐみシリーズ、アルティマガイってところだろう。

 うーん。こうなったら仕方ない。

 子供達にとことん付き合うしかなさそうだ。


「……――ふ、ふははは!そうさ、僕は梨々花ちゃんを独り占めする、最強の悪者だ!ヨゴシタルよりも~っと強い……えっと、スーパーヨゴシタルだ!」


 この場を誤魔化ごまかしてやり過ごすためにも、子供達の遊びに全力で乗っかってあげるのがベストだ。

 幸いごっこ遊びなら梨々花ちゃんとの交流で慣れっこだ。多分なんとかなるはず。


「う~っ、まけないもんっ!」

「そーだそーだ!」

「りりかちゃんをとりかえすぞー!」


 しかも思いのほか、子供達の反応がいい。ネーミングセンス皆無だけど興味は引けたらしい。


「ふ……ふふふ、それなら場所を変えよう。外で存分に戦うがいい!」


 さすがに部屋の中で遊ぶには危なさそうなので、それらしいセリフで移動の提案をする。あと、榊先生に「行っていいですか?」的なアイコンタクトを送った。「どうぞ」と言いたげにてのひらをかざしてくれたので問題なしのようだ。

 

「ゆーとさん、がんばれ~♪」

「う、うん……」


 当の本人である梨々花ちゃんは、何故なぜか僕の応援をしているんですけどね。まさに台風の目状態。真ん中は無風だ。

 これ勝った方がいいの、負けた方がいいの? 

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