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「ご、ごめんなさい……。急にこんなこと言われても、悠都君、困っちゃうよね」


 ぱっと手を離して、千夏さんは一歩退いた。

 困惑する僕を見て申し訳なく思ったみたいだ。先程の梨々花ちゃんそっくりに、伏せ目がちにしゅんとしている。可愛い。


「い、いえっ。そ、そんなこと、な、ないですっ。ぼ、僕に任せて下さいっ!」


 そんな仕草に不意を突かれてしまったせいか、僕は反射的に答えていた。

 好きな人の、千夏さんの落ち込んだ顔を前にして、力になりたいと思ったからだ。

 なので深いことは何も考えず、口走ってしまった。


「本当!?ありがとう、とっても助かるわ!」

「やった~っ!いっぱいあそんでね、ゆーとさん!」

「へぶふぉっ!?」


 再び梨々花ちゃんが全力で突撃してくる。小さな体だけどパワフルな一撃、ひ弱な僕は簡単に押し倒されてしまった。

 どうして子供はこうもボディタッチが多いんだろう。よく知らない相手に抱きつつくなんて……僕のことが怖くないのかな?

 もっとも僕が小さくて人畜無害そうに見えるからってことなのかもしれないけどさ。


「それじゃあママは仕事に行ってくるから、悠都君と仲良くするんだよ?」

「は~いっ。いってらっしゃ~いっ♪」

「い、いってらっしゃ……い」


 千夏さんはすぐに行ってしまい、残されたのは僕と梨々花ちゃんの二人だけ。

 玄関で座り込んだまま、静寂の時が流れている。

 どうしよう。

 二つ返事で梨々花ちゃんを預かってしまったけど、何をして良いのだろうか。

 こんなに小さい子と遊ぶのなんて、いつ以来だ?多分小学生の時の、近所の保育園児との交流が最後だったと思う。だけどあの頃はちょっとだけお兄さん……くらいのノリだったけど、今は年齢差がかなり開いている。それに子供の命を預かるのだから、責任だって重大だ。

 いい格好しようなんて思って、適当に了承なんてするんじゃなかった。

 後悔しても、もう遅い。

 これから千夏さんが帰ってくるまで、僕は一体どうすればいいんだ……?


「ねー、ねー。ゆーとさーん」

「な、なななな何かな!?」

「はやくあそぼー?」


 柔らかいほっぺをすりすりと、僕の腕に擦りつけながら、梨々花ちゃんは甘い声を響かせる。まだ幼いのに大人顔負けの、色仕掛けめいたおねだりだ。団栗眼どんぐりまなこが黒々と輝いており、吸い込まれてしまいそうと錯覚してしまう。

 千夏さんの娘なので顔立ちや仕草が似ている。それに纏っているオーラみたいなものもそっくりで、自然と鼓動が早くなってしまう。

 相手は保育園児。僕より一回り近く年下のはずなのに。


「ゆーとさん?」


 僕がずっと固まっているので、梨々花ちゃんが心配そうに見つめてくる。


「あ、ごめん……。遊びたい……んだよね?」

「うんっ!ゆーとさんといーっぱいあそびたいっ!」


 だけど気持ちに応えてあげると、すぐにぱっと明るくなった。小さな口から乳歯をのぞかせて、あどけない笑顔を見せてくれる。


「じゃあ、何をしようか……」


 遊ぶと言っても、僕は子供向けの玩具おもちゃなんて持っていない。部屋の中にあるのはテレビと漫画、あとはスマホくらいだ。質素なことこの上ない。


「えっとね。りりか、ピュアルミごっこしたいっ!」


 考えあぐねているところに梨々花ちゃんが要望を言ってくれた。

 ピュアルミ……女児に大人気の、哲君も見ているアニメ作品だ。どうやら梨々花ちゃんも大好きらしい。


「そっか、ピュアルミね……」


 だけど、僕自身は全然詳しくない。哲君は熱く語ってくれていたけど、ほとんど理解出来ていない。なのでごっこ遊びをしようにも、どう演じて良いのかさっぱりだ。

 こんなことになるなら、もっとちゃんと聞いておけばよかった……。


「もしかしてゆーとさん、ピュアルミしらないの?」

「あはは……うん、そうなんだ」


 無知がバレバレらしいので、僕は正直に答えた。変に嘘をついたところで、どうせすぐに見抜かれるだろうし。


「じゃあ、りりかがおしえてあげるねっ♪」


 すると梨々花ちゃんは急に胸を張って得意げになり、腰に手を当てて偉い人みたいな仕草をし始める。先生になった気分なのだろうか。


「ピュアルミってゆーのはね、みんなのへいわをまもる、かっこいいおんなのこのことなんだよ!」

「うんうん」

「それでね、いまのピュアルミはうみのいきもののパワーがつかえるの」

「うんうん」

「りりかはね~、ピュアジェリーがいちばんすき~❤」

「う、うん」

「ふわふわスカートがね、キラキラしててかわいいんだよ~♪」

「あのー……」

「りりかねー、とうめいなのがすきなんだ~❤」

「話が脱線してるよー……」


 こうして、話が迷子になりがちな梨々花ちゃんに、ピュアルミについて詳しく教えてもらうことになった。

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