第30話 夢

 僕は抗い難い強い力で押さえつけられたまま、救命ボートでどこかへ運ばれて言った。僕はすでに抵抗する体力も気力も尽き果てていた。


 山田さんが連れていかれた。


 その事実がどうしても受け入れられない。


 もし独りぼっちやったらこんなに冷静におれへん。だからこんなところで諦めんといて。


 山田さんの言葉が頭に蘇ってくる。僕は、どうして山田さんを置いていってしまったんだろう。今からでも引き返せる。引き返して山田さんを連れ戻せるはずなんだ!


 ありがとね、カズヒト君。さっき私の事守ろうとしてくれたんやろ?


 違う。守れなかった。山田さんは何度も僕を助けてくれたのに、僕は山田さんを守る事が出来なかったんだ。


「離せよ‥」


「あ?」


腕に刺青を入れた男が凄む。


「その手離せよ!僕は、山田さんを助けに行くんだ!」


僕は必死で男の力に抗う。


「暴れんな!今からお前が戻って一体何が出来るってんだよ!?」


「うるさい!離せ!」


僕は刺青男を怒鳴りつける。だがその瞬間、僕は頭部に何かを打ち付けられ激しい痛みと共に意識を失った。


 気がついたら、僕の目の前には「あいつ」がいた。ブラックホールのような二つの眼で僕を見ている。いつも乗っているお気に入りの銀色をした球体型の宇宙船には乗っていない。真っ暗な空間で、僕達2人は立ち尽くしていた。


「あいつ」は僕に向かって何十本もの指の触手を伸ばしてくる。僕は逃げたくても、金縛りにあってしまったように動けなかった。触手が間近に迫ってくる。


「あいつ」は口がないのに、ニヤリと不敵な笑みを浮かべたような気がした。


〈ミ‥‥‥ツ‥‥ケ……タ〉


 僕は瞳を開く。起きてすぐに、汗をびっしょりとかいている事に気がついた。どこだ、ここは?久しぶりの柔らかい感触。僕はベッドの上で寝ていたのだ。という事は、今までのは全部、夢?ここは家のベッドの上?

 僕は刹那の間、そんな安易な希望を抱いたが、明らかに寝ている寝具は自分の家のものではなかったし、寝ていた部屋も見た事がない場所だった。

 自分が一体どうしてこんな場所にいるのか理解するのに時間がかかったが、時間の経過と共にだんだんと思い出してくる。


 そうだ。僕は救命ボートに運ばれてここまで来たんだ。


 その時、山田さんの事も一緒に思い出す。山田さんと最後に目があった時の事を思い出して、胸の辺りに黒くてモヤモヤしたものが渦巻くように感じた。


 山田さんはあの時、僕に助けを求めていた。それなのに、僕は山田さんを置いて独りおめおめと逃げてきた。


 拳に力が入る。思い出すだけで、涙が溢れてくる。


 その時、コンコンと扉がノックされる。返事も待たず、入るぞ、とだけ言って部屋に入ってきたのは例の腕に刺青のある男だった。

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