第29話 別離

「大丈夫か!?」


 くぐもった声が聞こえる。僕は声のした方へと顔を向けた。こちらに向かって、オレンジ色の救命ボートが飛沫を上げながら向かってくる。救命ボートにはガスマスクを被った人間が3人乗っていた。その中の1人はマシンガンを手に持っている。


「助けてくれ!!」


 僕は自分が出し得る限り全力の声で叫んだ。


「ここだ!!お願いだ!!助けてくれ!!」


 目から涙が溢れる。助かった。僕達以外に生きてる人間がいたんだ!


「やった、山田さん、助かったんだ!」


 僕が腕の中にいた山田さんに笑いかけると、山田さんは少し目線を逸らして言った。


「なんて顔してん。てか、離して。」


「ああ、ごめん。」


 僕は山田さんを腕から解放した。


「あの、ありがとね、カズヒト君。」


「え?」


「いや、さっき私のこと守ろうとしてくれたんやろ?」


 僕はそう言われて少し恥ずかしくなる。さっきはたしかに全力で宇宙人から山田さんを守ろうとした。なんなら山田さんだけでもなんとか助けたいと思っていた。でも、どうしてそんな気持ちになったのかは分からない。


「へいへい、お二人さん。いちゃついてるところ悪いが早くしねぇと置いてくぜ。」


 近くまで寄ってきた救命ボートの上から、1人のガスマスク男が僕達に声を掛ける。それから、刺青の入った太い腕で僕に手を伸ばす。僕はその手を取ると救命ボートの上へと引き上げてくれた。


「よく頑張ったな。」


 彼は太い腕で僕の肩を軽く叩く。それだけで再び涙が滲みそうになった。


「さぁ、あなたも早く!」


 3人目のガスマスクの人間は女性の声で山田さんに呼び掛けた。山田さんが差し出された女性の手を掴もうとする。

 

 その時だった。海の中から何十本もの触手が現れ、山田さんの身体に絡みつく。

 あいつだ!さっき倒した宇宙人だ!

 僕は咄嗟に海へと飛び込み山田さんを助けに行こうとするが、太い大きな腕に押さえつけられる。


「バカ!飛び込むな!死ぬぞ!」


 ガスマスク男が乱暴に僕の体を救命ボートへと抑え込む。あまりの力の強さに体が悲鳴を上げる。


「バカはテメェだ!離せよ!山田さんが連れていかれる!」


 しかし、救命ボートは加速して山田さんからどんどん離れていく。


「待てよ!山田さんを置いていくな!引き返せよ!」


 僕は男の太い腕を払いのけながら、必死で海に飛び込もうとした。


「くそ!こいつ!」

「暴れんな!落ちるぞ!」


 ガスマスクの声が聞こえる。僕は山田さんの方を見た。たくさんの触手に絡みつかれて、今にも海へと引き摺り込まれようとしている。

 その時、山田さんと目が合った。山田さんの唇が動く。


「カズ‥‥君、‥‥‥て」


 水飛沫の音にかき消されながら、僅かに聞こえた山田さんの声。それだけを残して、彼女の姿は海の中へと姿を消えていった。

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