第25話 海の真ん中、銀の球体
しょっぱい波が何度も僕の顔面に向かって来る。海水が口の中に入ってくる。波のせいで身体が無造作に上下に揺らされる。僕は荒い波間の中で混乱に陥っていた。
「カズヒト君‥!カズヒト君!」
すぐ側で山田さんの声がする。
「やま‥‥だ‥‥さん‥!?」
「ここやお。ちょっと落ち着いて。私達はライフジャケット着とるんやで溺れたりせえへん。」
山田さんはいつも通り落ち着いた声で言った。
「それに見てあれ。あいつ私達を見失ったみたいよ。」
僕はそう言って銀色の球体の方を見る。そこからは未だに白いモヤ状のガスが発せられていたが、当の宇宙人の目線は確実に小型船の方に向けられていて、こちらに気づいている様子はなかった。
「あいつら暗い宇宙で暮らしとるせいか知らんけど昼間は視界が狭いみたい。今のうちに逃げよう。」
そうか。あの宇宙人にもそんな弱点があったのか。僕は少しだけ希望が湧いてきて、山田さんに習って、手で波を掻き分け始める。
しかし、湧いてきた希望はすぐに消え去ってしまった。僕達が放り出されたのは海のど真ん中だ。こんな所で泳いでいたらすぐに体力がなくなってしまう。助けが来る事も考えられない。一体どうしたらいいんだ。
山田さんはそれでも海を泳いでいく。まるで何か目的を持って泳いでいるようだった。僕は必死に山田さんについていく事しか出来なかった。
腕が、足が、徐々に疲労を帯びてくる。しょっぱい海水が口や鼻から入ってくる。もうダメだ、諦めよう、と言う限界値を何度か通り越しても、僕達は必死に生にしがみつき、大海を泳いだ。
やがて山田さんがぴたりと動きを止め、そしてこちらを振り向く。
「ごめん‥カズヒトくん‥」
山田さんは息を切らしながら言った。
「え?」
僕は山田さんの方を見る。疲労困憊で山田さんが何と言ったのかほとんど聞き取れなかった。
ごめん?
「ごめん‥カズヒトくん‥‥もうダメかもしれん‥」
「一体何言ってるんだ!?まだ大丈夫だよ!」
僕は山田さんに向かって叫ぶ。どうして、急に山田さんが諦めるような事言うんだ?山田さんが諦めたら、僕はどうしたらいいんだよ!?
「大丈夫だよ!泳ぐのが疲れたなら少し休憩しよう!ライフジャケットのお陰で僕達は溺れる事はない。あいつだって、僕らには気づいていなかったし、追ってこない!」
僕は振り返ってすでに遠くの方に見える小型船を見た。しかし、そこに銀の巨大な球体は見当たらなかった。あいつは一体どこへ行ったんだ?山田さんは首を横に振った。
「見つかってしまった。あいつらに‥‥」
その時、各所から波が浮かび上がり始めた。水飛沫を上げながら、大小さまざまな銀の球体が僕らを取り囲むように海から姿を顕した。球体は小さいもので、直径2メートル、大きいもので20メートルに登った。
まさか、あれは全て奴らの宇宙船なのか。
僕は呆然として空を見上げた。少し曇った灰色の空に、巨大な銀の球体が、人工的な青い光を帯びていくつもいくつも宙に浮いていた。
さらに海の表面に不自然に巨大な円状の波が立つ。まるで鯨がエサを求めて地上に勢いよく飛び出したように、巨大な銀色の戦艦が姿を顕した。奴らの母船だと言う事が一瞬で分かった。直径20メートルの球体が風船玉に見える程にバカでかい。
泳いでいた海は宇宙船の影に沈んだ。僕はぼんやりと宇宙船を見ている。山田さんも隣でそれをただ見上げていた。
そうか、これが世界の終わりか。
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