第22話 カモメ

 港にもやはり人の姿はなかった。無人の船だけが港に何隻も浮かんでおり、波の動きに合わせて浮いたり沈んだりしている。

 朝なのに誰もいない港というのはかなり異様な光景であった。ここから消えてしまった人達は、本当にもう生きていないのだろうか?


「この船操縦できへんかな?」


山田さんは浮かんでいる船の一隻を指差して突拍子もない事を言う。


「船をどうやったら操縦できるのか知ってるの?」


「いや、知らんけど。」


僕の質問に山田さんはさらりと答える。


「やってみたら分かるかもしれん。」


 僕はまた山田さんに一歩越されたような気持ちになった。この状況で山田さんは船を操縦して地球の裏側を目指そうと言うのだ。船の操縦の仕方も分からないのに。むしろそのために海を目指してきたのだ。それなのに僕はまた、諦めようとしていた。


 山田さんは何も言わずに船内へと入っていく。僕はそれに着いて行く他なかった。やがて一隻の小型船の前で立ち止まった。小回りの利きそうな小さな白い船体には、青色の文字で「SKY BLUE」と表記されていた。


「これならいけるかもしれん。」


 一体その自信はどこから来るのか分からなかったが、僕は山田さんを信じるしかなかった。山田さんは早速船内に乗り込むと、操縦室に座った。ハンドルといくつかの波計、何に使うかよく分からないレバーが2本。

ほんとに操縦なんて出来るのだろうか?


「あかん、鍵かかっとる。まぁ、そりゃあそうか。」


 山田さんはハンドルを手に持って動かしてみてから、顔を顰めて言った。


「まぁ何とかなるやろ。カズヒト君、外に出て船と港を繋いでるロープ外して来てくれへん?」


 僕は頷いて、操縦室を出る。それから再び港に上がって補助ロープを一本ずつ外していった。しかし、小型船はまだ動く気配はなく、その場で波に揺られていた。そうか、小型船をその場に留めておくための錘が沈んでいるはずだ。そっちも外しに行かないと。


 僕がそう思って船に戻ろうとした時だった。僕の手元に白い鳥が飛来して止まった。

一羽のカモメだった。真っ白い体に、赤い瞳をしたカモメが、首を傾げてこちらを見ている。僕はカモメの赤い瞳を覗き込む。


「残念だけど上げられるものは何も持ってないよ。」


 むしろ今ここでこのカモメを捕まえて食料にするべきかもしれない。僕はそう思った。山田さんならきっとそうするだろう。しかし、カモメのクリクリした瞳を見ているとどうしてもそんな気は起こらなかった。カモメはなおも首を傾げるようにしてこちらを見ていた。


 コフッ。


 カモメが不自然な咳をする。僕はびくりとしてカモメの方を見た。変な咳。


 コフッ。コフッ。


 カモメは苦しそうに咳を繰り返す。赤い瞳がさらに見開かれて血走って見える。


 コフッ。ゲホッゲホッ、ヴォェェェ!!


 僕は目を見張った。


「は?」


 カモメは僕の目の前で内臓を吐き出した。赤い肉片が飛び散る。それからカモメは苦しそうに何度かビクビクするとその場で息絶えた。僕はその光景から目が離せないでいた。


「なんだよ、これ‥。」


「あいつらの仕業やな。」


声がする方を見ると、山田さんが立っていた。


「あいつらってのは、あの宇宙人の事?」


「それ、触らんほうがいいよ。私らはそんなもんじゃ死なんやろうけど多分苦しむ事になる。」


 山田さんは無惨な姿で息絶えているカモメを差して言った。僕はその言葉を聞いて、すぐさまカモメから離れる。


「カズヒト君。早くここを離れた方がいいみたいや。船は何とか動かせそうやから、早く行こ。」


 僕は山田さんの方を見て小さく何度か頷いた。身体が震えている。一体僕達はどれほど恐ろしいものに命を狙われているのだろう。カモメの苦しそうに内臓を吐き散らす様子が頭に浮かんで、僕まで気分が悪くなり、吐きそうになる。

 こんなに後味の悪い出港があるだろうか。船はゆっくりと動き出し、僕達は生まれ育った陸地を離れていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る