第10話 不条理な現実

 僕と山田さんは今度は火を起こそうとした。

幸運な事に、近くの瓦礫の近くから使えそうなライターが落ちていて、火を起こすことはそんなに難しくはなかった。その辺の木材や布や紙切れをかき集めて焚き火を作った。


 僕は脚を怪我していたので、そのほとんどを山田さんがやってくれた。

 それから山田さんは迷う事なく、その炎で野良犬を焼こうとした。


「ほんとに食べる気?」


僕が尋ねると山田さんは頷く。


「香港とか韓国ではふつうに食べる。」


僕ははぁとため息をついた。そうかもしれないけど、だからって犬をすぐ食べようという気にはなれない。


「山田さんってひょっとして親族に香港人か韓国人がいるの?」


「いや、おらん。」


山田さんは野良犬の足から太ももの部分にかけてを火にくべながら答えた。肉が焼ける臭いが漂う。


「香港とか韓国によく行くとか?」


「いや、海外行った事あらへん。」


山田さんは肉の火のあたり具合を確認しながら答えた。


「じゃあなんで犬を食べようなんて平気で思えるんだよ?」


 僕は素直に思った事を尋ねた。日本ではふつう犬は愛玩動物なのだ。これがまだ鳥だとかなら頷けただろうが。僕は山田さんの事がますます分からなくなってくる。


「あんたはなんでそんなに余裕そうなん?」


山田さんは作業の手を止めて僕の方を見て尋ねた。


「は?僕のどこが余裕そうなんだよ!?」


なんなんだこの女は!脚を怪我して、体もボロボロな僕を一体どこからどのように見れば余裕そうに見えるのだろうか?


「だって食料いっくら探したって見つからへんかったやん?食べるものないんやったら犬やろうがなんやろうが食べなあかんやん?あたしはそう思う。でも、あんたはそれを食べたくないっていうんやろ?なんでかなと思って。」


 僕は山田さんにそう言われて言葉を失った。たしかに山田さんの言う通りだ。食べ物に対して文句を言っている場合ではない。


「お、上手いこと焼けたんやないかな。美味いかは知らんけど。」


 山田さんは焼けてきた野良犬の右足を見て言った。


「山田さんはどうしてそんなに現実を受け止められてるんだ?」


僕は山田さんに尋ねる。


「なにそれ?意味わからんよ。」


山田さんはそっけなく言う。


「だって、急に世界がなくなっちゃったんだぞ?みんな死んでしまって、帰るとこもなくて、こんな世界に二人きりなのに、なんでそんな冷静なんだよ!?」


僕は取り乱しながら言った。思っていた事を言葉にしてみると、自分達がいかに不条理な現実に立たされているか改めて感じた。

そうだ。今の世界は狂ってる。夢にしても出来が悪い、最悪な状態だ。


「別に受け止めれてなんかあらへんよ。」


山田さんは焼けていく野良犬を見ながらそう言った。


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