第6話 一千万年を独りで

 僕が戻ると山田さんはいなくなっていた。

周りを見渡してみてもどこにも彼女の姿はない。


 僕は取ってきた衣類を地面に放ると、山田さんが居た場所に座り込み、壁を背もたれにして空を見上げた。先ほどまで晴れていた空は随分と雲が分厚くなり、瓦礫と灰の街を黒く染め上げていた。遠くでは白い雷光が鈍色の雲の中で不規則な輝きを放っている。


 どっと疲れが押し寄せてきた。今日一日でいろんな事が起こりすぎて、それを受け入れるのも疲れた。これからの事なんて考える余裕がなかった。随分と長い時間、僕はそこで空を眺めていた。


 山田さんがいなくなった事で、僕はこの世界に完全に独りぼっちになってしまった。さっきまで僕は独りで生きる事になんの恐れもなかった。しかし、この世界に山田さんが居てくれた時に、僕は内心ほっとしていたのだ。


 独りじゃなかったんだと。僕は孤独に耐えられるほどの人間ではなかったのだ。僕の心のなんと弱い事か。


 やがてぽつりぽつりと雨が降り始める。小雨だった雨はザァザァと音を立てて瓦礫と灰の街を包み込んだ。僕の体が芯の方から冷たくなっていく。


 僕は膝を抱えた状態で、自分の体を抱きしめるようにした。しかし体は一向に温まる気配がなく、僕は独り寒さに震えていた。


 どうしてこんな事になってしまったのだろうか。僕はこの現実を何度か受け入れようとしてみたが、その度に自分自身に拒絶された。

 とても受け入れられそうになかった。

 何度も昨日、化学実験室での出来事を思い出した。山田さんとすれ違った時のこと。化学実験室での先生との濃厚なキス。一千万年生きる薬の独特な味。やがて僕は暗い闇の中へと意識を沈めていった。


 眩しい日の光を顔に浴びて、僕は目を覚ました。硬い地面で横になっていたせいで身体中が痛い。横になる僕を、山田さんが見下ろしていた。僕が昨晩見つけてきた、灰色のパーカーと黒のスウェットを着ている。


「ほんとに誰もおらんかった。」


山田さんは少し悲しげな声で言った。


「もう僕達しか居ないよ。」


僕は硬い地面に横になったまま答える。

そうだ。それが現実なのだ。受け入れがたいけれども受け入れなければならない。山田さんが戻ってきてくれてよかった。僕は心から思った。山田さんは僕を見て言った。


「お腹すいた。」




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