第17話「激突!」
どうも、川本は青山楓と俺に何かあると思っているようだが勘ぐりすぎだ。特別なことなんてない。
——と考えながら、部活を終えた青山が来るのを校門で待っている。
他意はない。川本に色々言われたが、無関係だ。
そう、LINEの返信もしておきたかったんだよね。
「あれ?相波くんじゃん」
校門から出てきた一人の女子生徒が俺を見て立ち止まる。
だれかと思えば短距離ブロック3年の井水怜佳先輩だ
「あー……お疲れさまです、井水さん」
…逃げるように退部したので居心地悪いな。
「お疲れ!どうしたの?」
「えーっと…青山に話があったんですけど、もう帰りました?」
「かえちゃん?まだじゃないかな。」
「そっすか、ありがとうごさいます。」
関わりは薄いが知り合いの井水先輩に見られた。この後も陸上部の面子が出てくるだろう。手のひらに汗が浮いてくる。
どうしよう、やっぱり出直すか?
「あっ……呼んでこよっか?」
「いや、だいじょう……やっぱお願いします」
「おっけー!」
少しして、井水先輩は青山を連れてきた。
「がんばってねー!」
スマホを持ったまま手をブンブン振って走って行った。
「…なに?」
「え?」
「井水先輩に呼ばれたから来た。」
「そうなんだ」
「用がないなら帰る。」
明らかに苛立っている。このままウジウジしていたら本当に帰るだろうな。
「青山、おまえ調子悪いんだろ?」
「なんの話?」
「足。」
青山の目つきが鋭さを増す。
「あんたに関係ないでしょ」
「いやあるだろ。つい最近まで同じ部だったんだし。」
「ない。もう退部したんだから。あんたは部外者。」
ここまで邪険にされるとは思っていなかった……違うか、当然の反応だな。
「悪かったよ。黙ってやめて。」
川本との会話を思い出しながら俺は話す。
青山は怪訝な顔をする。
「何考えてるのか知らないけど、私が休むかどうかを他人に決められる筋合いないの。退部した奴なんてもう論外でしょ。」
「……」
「話終わった?バイバイ」
青山は地面に置いていたエナメルバッグを肩に掛け直して、脇を歩いていく。
だめだ、聞く耳をこれっぽっちも持ってくれない。これ以上俺が何を言っても、退部者の戯言として処理されるんだろう。諦めるしかない——この話題は。
「だったらなんで、部外者に負け犬って送ってきたんだよ。」
自分の体験に基づく部外者の表面をなぞるようなアドバイスでは、青山に届かない。
だから本心を伝える。これまでなら隠してきた些細な文句。拒否されたら傷つくかもしれないが。
「間違ってないでしょ」
「無関係になったんだろ?煽る必要ねーじゃん。適当に無視すりゃよかっただろ部内者。」
「……」
部活を終えて下校中の生徒が通り過ぎていく。チラチラ見てくるやつもいた。
それがどうした。ただの他人だ。そんなのに気を取られるな。
「おれは嬉しかったよ。」
「は?」
「俺が辞めたことに、苛立ちでも罵倒でもなんでもいいから心を動かされた奴がいたことが。」
「……」
あー恥ずかしい!誰か止めてくれねえかな、構ってちゃんだ俺!
「だからさ、青山が陸上部を辞めた俺に苛立ったみたいにさ。俺は陸上部じゃなくなってもケガを見ないフリして走る青山のことが心配なんだ。それくらい心配させてくれたっていいだろ!」
はー、はーと肩で息をする。顔が熱い。怖くて青山の顔が見れない。
情けねえなぁ俺。でも、言った。言ってやったぞ!
「きも。」
「……おいガサツ、下手くそなテーピングだな、豪快なのは走りっぷりだけにしとけよ。」
おもむろにバッグを肩から外した青山は、それをハンマー投げのようにスイングする。
「ふんッ!」
「ゲフッ!」
脇腹にフックが刺さる。
悶える俺を後目に、青山は早足で行ってしまった。
事態を見ていた奴らからクスクスと抑えた笑い声がしたので睨むと、サッと目を逸らされる。
居た堪れなくて走って青山に追いつく。
「待てよ〜」
「まだいたの?ついてくるな。」
「そんなこと言わずにさー」
青山が立ち止まる。
「気持ち悪い。ヘラヘラすんな。」
青山の嫌悪感を抱いたような表情は、熱を持ち空回りするテンションを冷ますには十分だった。
青山の言う通りだ。キモいと言われた時は謎に青春ってテンションだったし、今は照れ隠しで猫撫で声だった。
「……悪い。こうしないと話せなくて」
ここで選択を間違えたら青山は帰ってしまうだろう。
冷静かつ萎縮しないように気をつけながら声をかける。
「もうちょい話そうぜ。」
「はぁーーー」
青山が長いため息をする。
「これっきりだからね。あと何言おうと無駄だから。」
「いいよそれで。マックでいい?」
「大会前で食事制限中。喧嘩売ってる?」
「じゃあ公園?」
「暑い。蚊に刺される。」
「……」
マックと公園の他に高校近辺でゆっくり話せる場所は思いつかない。俺が地理に詳しくないとかオシャレな店に興味がないとかもあるが、それは走ってばかりの青山もだ。
一休さん的なノリで、つまり俺と話す気はないってことか。
落ち込んで顔が下がった時、ガコンっと自転車が衝撃で揺れる。見ると前かごにカバンが放り込まれていた。
「行くよ、あんたの家」
***
「おじゃましまーす」
「……どうぞ」
俺の家に青山がいる。緊急事態だ。
今まで一度も狭いと感じたことはなかった部屋が、今は手狭に感じる。
「ふうん。意外と綺麗にしてるじゃん」
「ものが少ないからな。あんまりジロジロ見ないでくれ」
青山をリビングに残して、二人分の飲み物を用意しに台所に行く。
冷蔵庫を開いて、青山の飲み物を何にしようかと、手が止まる。丸一年、同じ部にいたのに、青山の好きな飲み物を知らなかった。
——麦茶とたまたま買っていたプロテイン入りの乳飲料、両方持っていけばいいか。
こぼさないように気をつけて戻ると、青山はローテーブル用のマットではなくデスクチェアの方に座っていた。
「なんで?」
声が漏れたが青山は聞こえているのやらいないのやら、参考書をペラペラめくる。学校指定のものだ。青山も俺も理系なので同じものを持っているだろう。
「つまんない」
「そらそうよ。どっち飲む?」
「……なにその白いの」
「プロテイン飲料」
「プロテイン」
勉強机のイスを占拠されたので床に座る。
いつの間にか青山が点けたエアコンが冷気を吐き出している——やりたい放題だな、ありがたいけど。
「で、何?」
「え?」
「話。あるんでしょ?」
青山はスマートフォンを起動しこちらに向けてくる。20:28。高校生ならもう帰っている時間だ。とはいえ青山の両親が心配することはない。俺の家に来るといってスタスタ歩き出した青山に両親が心配しないかと聞くと、「夏帆の家に寄っていくってLINEした」と言った。夏帆……吉村夏帆か。2年陸上部女子短距離ブロックの。それなら問題ない。
「まずは……そうだな。何も言わずに部活辞めて悪かった」
「またそれ?さっきも言ったけど、私にはなんも関係ないから。」
「ただのけじめだ。」
「だったら、話ってなに?まさかこれで終わりじゃないよね?」
「俺が陸上部を辞めたことが青山の迷惑になるなんてのは思い上がりだし、それなら陸上部をやめた俺がこれから青山と関わることは……多分ほぼない。」
青山は黙っている。
「でも無関係な人間になったからこそ言わせてくれ。一旦練習の強度、さげろよ。」
青山が眉を顰めた。
「なんで?」
「足、痛いんだろ?」
「なんで?」
「今日の走り見たらわかるよ。部活仲間としてはこんなこと言えないけどさ。部外者だから勝手なこと言わせてく——」
最後まで言うことができなかった。
飛び上がるように立ち上がった青山が、勢いそのままに座っている俺を押し倒したからだ。
支えきれずに背中から床に倒れた。後頭部をゴンと床にぶつける。
「いって…」
痛みで顔を顰めながら、恐る恐る青山を見る。ふるふると震えながら、青山の口は浅く開いては閉じるを繰り返す。
「なんでッ!なんっ…で…」
ようやく、吐息が言葉になる。
「なんでっ、そんな…無責任なこと言えんの…!」
「もう部員じゃないから。」
俺の肩を掴む青山の手に、力が入る。
「私にとってどれだけ大会が大事か知ってるでしょ……」
「さあ」
「先輩とリレーできるの最後なんだよ……」
「だからなんだ」
「練習しないとミライに勝てないッ!」
「誰だよそれ——」
視界が衝撃でブレた。ほっぺがジンジンと痛む。青山にぶたれたと、遅れて気付いた。
青山が走って家を出る。玄関のドアが閉まる音を呆然と聞いていた。
ふと部屋を見回すと、カバンがあった。
「忘れて行きやがった。」
中にはスパイクやタオル、水筒……いろいろ入っている。そして何より——
「バトンはまずいだろ」
慌てて外に飛び出たけれど、青山は見当たらなかった。
カバンが酷く重たい。
「どうすんのこれ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます