第14話「……多数決します!」

 朝礼と1時間目の物理のコマ(担任の藤谷先生が担当だ)を使って、蓮華祭の出し物を決めることになった。


 人前に立つと冷静でいられない。放課後に比べて雰囲気が固い朝礼ならなおさらだ。手のひらにじわりと汗がにじむ。

 否応なく中学のブロックリーダーのときに犯した失敗が思い浮かぶ。もう4年が経ってるんだ。いい加減忘れてくれよ。


「今から二の八の出し物を決めていきます。まずは事前にアンケート回答してくれてありがとう!おかげで——」


 教卓に両手をついて、朝倉は堂々とした声でクラスメイトに呼びかける。果たしてどんな反応が返ってくるのやら、板書の手を止めて振り返る。


 不思議な感じがした。

 大黒、須藤、新田、松景——彼らだけではない、クラス全体がリラックスしている。リーダーにふさわしい朝倉が取り仕切っているからだろうか?


 ——みんなは勝手に自分で楽しむ。だから真也くんは真也くんで楽しんでいいんだよ。


 ふと、カフェ店員さんの言葉を思い出す。彼女が何を伝えたかったのか、眼の前の光景を見てようやく少しだけわかった気がする。

 昔リーダーとしての役割を果たせなかった俺なんかがやるより、もっと人前に立つべき人がいるはずだ——今までそうやって、会う人全員に勝手に引け目を感じていた。学級委員にしろ蓮華祭の実行委員にしろ。


 でも、みんな勝手に考えて行動している。誰がリーダーになってもそんなに気にしていない。楽しい文化祭になるかどうか、そっちのほうが何倍も大事だ。


(まさかずっと被害妄想に囚われていたのか?おれアホだ。)


 自意識過剰すぎて笑えてきた。

 緊張はするけど寒気は気にならなくなっていた。


「相波くん、書き終わった?」


「あっごめん、まだ途中」


 会議の進行は朝倉に任せて書紀の俺はアンケートで出た案を––––際どいものをどうするか迷いながら––––黒板に書いていく。


【食べ物】

 たこ焼き、焼きそば、クレープ

 メイドカフェ、カフェ

【その他】

 演劇

 おばけ屋敷、展示、迷路、射的、ミスコン、ボードゲーム、ナゾトキ


 黒板に書き出された出し物の案を見た生徒たちがあちこちで雑談を始める。


「メイドカフェ出したのだれ〜?きもーい」


「河合の言うとおりだぞ!誰だよメイドカフェ出したやつ!下心丸見えだぞ!」


「いまのでわかっちゃったよもー、新田くんでしょ!」


「メイドカフェ出したのは大黒で、新田が出したのはミスコン」


「「おい松景バラすなよ!」」


「おまえが下心隠せよ新田!」「新田そっちかよ!」「どっちもサイテー」「よくやった!」


 大黒と新田に野次が飛ぶ。


「つーか俺が出したミスコンなくね?」


 新田が気づいた。


「えー……書かなきゃだめ?」


「検閲あんのかい」「実行委員ナイスー」


「はいみんなー、出し物決めていくよー」


 朝倉が一旦雑談を止めると、気の早い新田が「オッケー多数決ね」と言った。


「うーん、私もそうしようかと思ったんだけど……」


 朝倉が言い淀み、俺を見る。俺は頷いて、朝倉が横にずれてゆずってくれた教卓に立つ。


「多数決で決めるのは、ちょっと待ってくれないか?」


「お、おう」


 新田が戸惑う。新田だけじゃない、俺が意見することが予想外だったのだろう、クラス全体がきょとんとした。


「何か考えがあるの?」と松景。


「多数決で決めるのって、その何というか……思考停止じゃないかなって……思うんだけど、どうだろ?」


 声が尻すぼみになる俺の背中を「もっと堂々と話しなよ!」と朝倉が叩いた。


「上下関係しっかりしてる」「早速尻に敷かれてるわ」


 クラスメイトから突っ込みが入って場が和む。


「みんなが出してくれたアイデア……自分で選択肢を作ることができるようにしたからいろんな出し物の案があってすごく良かった。一部ぶっ飛んだアイデアもあったけど」


「下心丸出しのやつとかね」「悪かったって」


「ただ、このまま多数決すると、焼きそばみたいにわかりやすいものに票が集まると思うんだ。だからまずは出し物の中身を深掘りしてほしい。」


「深堀りって?」と須藤が問う。


「5人班を8個作って、各班で2個ずつ、今黒板に出てる出し物の案を発展させてほしい……例えばただの焼きそばじゃなくてレインボー焼きそばにするとか、ボードゲームをめっちゃデカくして、いつも操作してるコマに自分たちでなるとか、そんな感じ?」


 考えをそのまま垂れ流すみたいに喋っていたら教室が静かになっていた。


 ——なんかまずいこと言ったか!?


「面白そうじゃん!」突然新田が大声を上げると、他のクラスメイトも続いて盛り上がる。「それな!」「やば」「コスプレメイドカフェとかどうだろ」「うーん却下!」


 朝倉は8個の班それぞれに、2つの深掘りする出し物のうち1つを指定し、もう一つは班ごとに選ぶよう、テキパキと指示した。


 ——あぶねー……なんとかなったのか?


「やるじゃん」


 朝倉がニヤッとした。


「お、おう……これでよかったのかな」


「うーん」と朝倉は小首をかしげる。褒めてくれたのに考え込まれると不安になる。


「出し物が決まったら具体的な内容を詰めるからどっちみち同じことをしてるかもね」


「言われてみれば……うわー無駄だったかな」


 俺がしたことは、提案されたけれどそのほとんどが切り捨てられる出し物に時間を割く、二度手間だったようだ。


「でも相波くんの言うとおり、今多数決したらきっと選ばれなかった出し物ってあるよね。出し物だけじゃなくて、出し物を提案してくれた人の気持ちも拾い上げることができるんだから、良かったと思うよ。それに班員の仲も深まるし。」


 クラス全体のように大勢に向けた提案を誰かに認めてもらうのはいつぶりだろうか。こんなに嬉しいことだなんて思わなかった。


「おーい委員長たちも来いよ!」


「ほらっ、私達も話し合いに加わろ!」


 ***


 深掘りしてもらった結果、出し物たちはこうなった。


【食べ物】

 たこ焼き→ロシアンたこ焼き

 焼きそば

 クレープ

 メイドカフェ

 カフェ

【その他】

 演劇→動画制作(恋愛リアリティショーショー)

 おばけ屋敷

 展示→ダンボールガ○ダム、アルミ缶アート、モザイクアート、イ○スタ映えスポット

 迷路+射的→サバゲー

 ミスコン→ファッションショー

 ボードゲーム→スプ○トゥーン、等身大ボードゲーム

 ナゾトキ


 更新された出し物を見て、口々に感想を言う


「うーん、食べ物ってあんまり発展しないねー」「というよりその他が個性的すぎる……」「教室にインクぶち撒けようとしてるやつおるやん」「等身大ボードゲームって何?陣取り合戦とか?」


 朝倉が黒板を見ながら「面白そうな企画が増えたね」と言う。「それでどうやって決めるの?」


 スゥーッと息を吸う。その間に思考を巡らせて考えをまとめようと試みる。試みたが……肺活量の限界に達して、もう息が吸えなくなった。


「……多数決します!」


 四方八方から非難が噴出する。


「ファーーー!」「ここまで来てそりゃないって!」「頼む!俺らにはもうロシアンたこ焼きしかないんだ!」


 自分たちで考えて発展させたからか、出し物を我が子のように扱う保護者が増えてしまった。


「ふざけんな実行委員降りろぉ!」


「ぐふっ」


 飛んできたヤジが的確にトラウマを掘り返す。


「相波くんどうしたの?」

「な、なんでもない…」


 ––––落ち着け、あれは悪ふざけだ。言ったやつに悪意なんて全くない……はず。


「でも、どうしようか。一旦意見を整理するために日を改める?」


「うーん」


 日を改めたところで、みんなが考えたたくさんの面白そうな企画の中から一つを選んで他を切り捨てることになる。時間稼ぎはできても、みんなを納得させることはできないのではないか。


 ––––すでに出た企画の中から、あるいは新しい企画を出して、一番面白そうなものを選ぶか……でもそれって多数決と変わらないよな。多数決を否定して余計に時間を使ったくせに結局多数決なんて……


 解決案は全く思い浮かばないが時間は容赦なく進む。


 ––––……あぁくそ。俺はやっぱり、優柔不断なダメリーダーのままだ。後先考えていないし、何も決められない。


 不意に、ポンと左肩を叩かれた。


「ねえ」


 内に閉じこもっていた意識が外に向く。朝倉と目があった。


「相談。しよ?」


 一瞬ポカンと口を開けてしまった。


「あ、ああ。ごめん。」


 朝倉は「気にしないで」と首を左右に振る。


「何で悩んでたの?」


「朝倉の言うとおり今出た企画を持ち帰って明日とか別の日に決めたほうがいいんだろうけど……ほら、このまま考えても答えでないからさ。でもそれって、結局先延ばしにしてるだけで、みんなが納得できる企画を選ばないと、ずっと決まらないような……どうしたらいいのか分からなくて。」


「じゃあさ、ジャンケンしよ?」


「えっ、ジャンケン?それ多数決と変わんなくね?」


「そうだけどさ、まぁいいんだよなんでも!面白ければね!」


 朝倉は各出し物の深掘りをした班から二人ずつ代表者を募った。


「一人につきひとつの出し物を代表できるからね。各班代表者は二人だから、二つの出し物を一人ずつ代表してもいいし一つの出し物に二人の代表者を立ててもいいよ!」


 総勢16人の代表者は皆やる気に満ち溢れている。


「16人じゃ決まらなくね?」


「確かに。じゃあ8人ずつに分かれようか。」


「同じ出し物の代表者は?分かれる?」


「うーん、どっちでもいいかな?予選で勝ち残りやすいか、決勝に上がって来やすいかの違いだと思うから」


 質問がマジである。


「いっくよー、せぇのっ!」


「「「最初はグー!ジャン、ケン、ポンッ!」」」

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