第10話「あぁ〜〜〜っ」
まんまと蓮華祭の実行委員を押しつけられてしまった金曜日から一夜明けて土曜日。
ゴールデンウィークにもかかわらず、俺は蓮見丘高校の図書館で勉強していた。
家に居ても退屈だったから……と言ってもやることがない訳ではない。むしろやらないといけないことはあった。
ゴールデンウィーク明けに蓮華祭の出し物決めをするのだが、それを円滑に執行するための計画立て。
女子の学級委員であり蓮華祭の実行委員でもある朝倉晄からはおそらくその打診のトークが来ているが、開かずに放置している。
自宅の床に大の字になって寝そべっていても出し物決めが思い浮かんで落ち着かない。
部活もないしクラスメイトとの遊びの予定もない(そもそも友だちがいない)ので1人で出かけてもどうせ気晴らしにならない。
逃げることも進むこともできなくなってじっとしていられずに家を飛び出した結果、気付けば自然と蓮見丘高校に足が向かった。
「はーーーーーーーあ」
疲れて目がショボショボする。
目頭を指で揉みながら物理の問題集を閉じて窓の外を見ると、傾いた太陽が空気をオレンジに染めていた。
高校生なんて自由時間を与えられたところで車はないし金もない。
部活がなくなって時間ができても娯楽はとても限られていた。
リュックに教科書や筆記用具を閉まい図書館を出た。
***
いつも自転車で通学しているが、今日は結構暑かったのと気分転換を兼ねて電車できていた。何となく重い足取りで駅に向かう道すがら、ふと横目でカフェを捉えた。
「こかげ屋……」
ボソリと店名を呟く。
普段だったら通り過ぎるところだが、このまま今日を終わらせるのが癪に障った。
「いらっしゃいませー、お好きな席にどうぞー」
真鍮色のドアノブを捻り店に入ると女性の店員にそう呼びかけられた。
入口入って右手側の壁沿いに並んでいる対面の2人がけテーブル席にリュックを置いて、改めて店内を見回す。
一般的なカフェのピークタイムを過ぎた午後6時の店内はそれなりに客が居た。
対面の2人がけテーブル席に座ってティーカップに入ったホットのコーヒーをズズズと啜る常連っぽい白髪の老人。
4人がけのボックス席に座って世間話に興じる2人の主婦。
他には休日なのにスーツ姿の男性。
難しい顔をしてPCを見つめる大学生。
客層に統一感はなさそうだ。
注文は入口入って正面の行き当たりにあるレジで取るらしい。
レジの隣には軽食が置かれている。
ツナサンドをそこから取って女性店員に渡した。
飲み物を尋ねられ、アイスミルクティーを頼む。
「お待たせいたしました。Mサイズのアイスミルクティーとツナサンドです」
「ありがとうございます」
トレーを受け取って席に戻り、窓の外を見る。
スーパーの買い物袋より大きなファストファッションのビニール袋を持った親子連れや私服姿の学生が足取り軽やかに商店街を練り歩いていた。
ゴールデンウィークで明日も休日という非日常感も相まってか、一様に表情が明るい。
ミルクティーをストローで啜りながら街の風景を眺めている自分に違和感を覚える。
インターハイの地区予選が迫っている陸上部は今日も練習だったはず——
「はぁーやめやめ。勉強しよ。」
中間テストは3週間くらい先だが早いに越したことはない——と参考書をリュックから取り出そうとした時、LINEの着信音が鳴った。
朝倉晄:時間あるときに返信してね
「あぁ〜〜〜っ」
くそ!やりたくてなったわけじゃねえんだよ!
相波真也:返信遅くなってごめん!
相波真也:考えとく!
どこで間違えた?
監督の葬式に行って柄にもなくチャレンジしようなんて思ったことか?
陸上部を辞めなければ部活を理由に蓮華祭のクラスリーダーになんてならずに済んだ。
「再入部するか?ハハ……むり。」
腕を枕にして机に突っ伏す。
店は混んでいない。少しくらい……寝ても……いいだろう……
***
懐かしい光景が目の前にあった。
「体育祭のブロックリーダーやってくれる人ー!」
足元の定まらない浮遊感で、夢を見ているのだとぼんやり悟った。
塗られたばかりのニスが光る黄色の木の床の教室。
成長期を見越して買った一回り大きい紺色の制服の余った袖。
いくつかの小学校の卒業生が混ざって、7割ほどが初対面の級友。
これら全てが中学1年生の真新しさに拍車をかけていた。
殆どの生徒が様子をうかがって、ヤンチャ坊主でさえお前やれよとコソコソ突きあっている教室に「はい!」と迷いのない声が響く。
夢を見ている俺の意識と反して、抵抗できない力によって喉から声が出る。
相波真也は各クラスから選ばれる体育祭のブロックリーダーに立候補した——やめとけばよかったのに。
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