第9話「誰か立候補者いますかー?」
「お前ら席につけー。席替えするぞ。学級委員2人司会進行よろしく。」
藤谷先生の唐突な宣言に、6限後の掃除を終えて一息ついていた生徒たちがざわつく。
「藤谷先生、今日4月30日ですけど……」
これまでの人生で席替えは月初めにすることが多かったので、てっきり藤谷先生もそっちの派閥だと思っていた。
クラスメイト何人かが発言した俺をちらりと見やる。
出席番号が一番だったからというふんわりした理由で学級委員になった俺は、2年8組が始動して最初の一ヶ月、授業のはじめと終わりの挨拶を除いて特別に発言はしていなかったので無理もない。
体育とか昼休みとかでドバドバ出たアドレナリンが残っていて油断していたというか口が軽くなっていたというか。
「月末だし丁度いいだろ、まあ細かいことは気にするな。8組は今後月末に席替えをすることとする。」
幸い、藤谷先生が質問に答えることで何事もなく流れた。
進級してクラス替えがあってからわずか一ヶ月。
クラスによっては1学期中ずっと最初の出席番号順のところもあるが、藤谷先生は大雑把なようだ。
降って湧いたイベントに活気づく教室全体を壇上から眺める。
一年のときからの付き合いがあれば話し相手がいるだろうが、わずか一ヶ月では新しい関係を気づくには少し短い。
浮足立ってソワソワキョロキョロしている生徒が過半数だった。
その中で大黒大地、須藤陽斗、新田照真、松景玲の4人は男女だれかしらと談笑していてある意味落ち着いて見える。
(すげえ。)
「ほれ、学級委員」
藤谷先生が渡してきたのはプラスチックの箱。中には二つ折りの紙片がたくさん入っている。
もう一人の学級委員は何をしているのかと見れば、
なるほど、紙を渡して回って来いってことね。
「はい」
「おう」
「はい」
「ありがと」
「はい」
「うん」
神辺杏奈(かんべあんな)
「はい」
「ん」
「ほれ」
「さんきゅー!」
「はい」
同じようにプラスチックの箱を差し出すと河合さんはじっと俺を見る。
「えっ、な、なに?」
「相波くんだっけ、骨折してるのに五十嵐からホームラン打ったんでしょ?」
「え、あ、うん……へ、骨折?してないしてない!肘に当たって青タンができただけでッ、えーと……」
河合さんが「あはっ!」と吹き出した。
「そんなかしこまらなくていーのに。てゆーか大地、聞いてた話と違うんだけど?」
河合さんが隣の席の大地に話しかける。
「いやいや、そんくらいすごいことなんだって!」
大黒の話を整理すると、現在進行形で野球とかソフトに取り組んでるわけじゃないのにデッドボール食らった直後に五十嵐からホームラン打ったのが、骨折してヒット打つくらいすごいことなんだとかなんとか話すうちに話がこじれたらしい。
「大黒ぉ」
「すまん!調子乗りすぎた!」
河合さんは可笑しそうにしているのでまあいいか。
「じゃあ」
「これからよろしくね」
河合さんが首をコテッと傾けて微笑む。
肩につかないくらいの長さで外ハネした髪が耳からサラッと滑り落ちた。
「お、おお」
くそ、もっと普通に受け答えできないのか俺は!
河合さんの華のある晴れやかな笑顔に中てられた。
さすが、1年のときは違うクラスだったが噂にしろ事実にしろ何かと評判だった女の子だ。
オーラとか信じないけれど、生き物として格が違う気がして目を合わせられない。
これがカーストというやつなのだろうか?そんなチンケな型にはまるものじゃない気がする。なんにせよ目を見て話すことすらできないなんて重症だ。こんなに女子と話すのに免疫無くなってたのか、青山は全然大丈夫なのにな。
その後はランチを一緒にした男どもを除いて、特に言葉を交わすことなく淡々と紙片を配って回った。
そして女子学級委員の朝倉晄と、男子学級委員の俺。
男子20名、女子20名、合計40名が2年8組の全クラスメイトだ。
朝倉と俺の2枚を残して全員に紙を渡し終えて壇上に戻り、教室を見回すと、「これ、開いていいの?」といった囁きや戸惑いが伝わってくる。
「ほれ、学級委員」と藤谷先生に急かされた。
「はい、開いてくださーい」
「つまらん奴だなぁ。『一斉に、オープン!』くらいやれよ。」
みんな、「今のが号令?」といった感じでキョトンとしたが、ちらほら紙を開いて番号を確認し出してからは早かった。
「私3番だ!」
「よっしゃ一番うっしろ!」
「くそー特等席か〜!」
席替えってなぜか盛り上がるんだった。これは友好を深めるいい機会になっただろう。
「ほれ、お前らも移動してこい。その後前に戻ってくるんだぞ」
残った2枚の紙片の1枚を選んで開くと21番。
朝倉が黒板に書いた座席配置を見ると……
教卓 入口
01 02 03 04 05 06 07 08
09 10 11 12 13 14 15 16
窓 17 18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 31 32
33 34 35 36 37 38 39 40
後黒板 入口
教室の真ん中だ。
小学校のような黄色いプラスチックのケースのない剥き出しの引き出しから教科書を出して座席01から座席21に移動する。
教室のあちこちで飛び交う「これからよろしくねー」とか「何部なん?」とかいう言葉に耳を澄ませていると、俺の隣にも誰かが近づいてきた。
「あー……」
そいつが想定外の望ましくないことが起こったみたいな吐息を漏らした気がして顔を向けると松景玲だった。
「えっ、なに……?」
俺たちって、昼ごはんを一緒に食べてこれから仲良くしようねって感じじゃなかったか?
「ん?ああ、昼ごはんぶりだなーって思ってさ。これからよろしく!」
「よ、よろしく……」
松景は君ト隣ニナレテ嬉シイナって感じでにっこりしている。
さっきのは俺の空耳だったのだろうか、頼むから空耳であってくれ、でないと一瞬で仲良さげな爽やかさにモードチェンジしたってことになる。そんなの怖すぎて素直に松景の「よろしく」を受け取れないんだけど!
釈然としないものを感じていると「学級委員2人」と藤谷先生に呼ばれた。
松景はにっこり笑って手をフリフリして見送ってきた。
心にソワソワしたものを抱えながら教卓の横、窓際に置いたパイプ椅子に腰掛ける藤谷先生の元に行くと、
「このあと蓮香祭の実行委員決めてくれ」
あまりにも投げやりな指示に絶句した。
「それだけっすか……?」
「ああ。実行委員が決まったら、出し物とか細かいことはまだ決めなくていい。連休中にでも考えさせればいいからな。任せたぞ。」
いや、「任せたぞ」って……。最悪クラスが不仲になる重大イベントのはずでは?
戸惑う俺をよそに、相方の学級委員はすぐに行動を開始。
「みんな、盛り上がってるところ悪いんだけど、聞いてください!」
クラスメイトたちの視線が朝倉に集中する。
朝倉はリーダーシップのある女の子だ。
聞いた話によれば中学2年で副生徒会長、3年で生徒会長を経験し、推薦入試で学区トップのここ蓮見丘高校に入学。実際には学力も申し分なく、一般入試でもまず間違いなく合格していただろうそうな。
席替えで盛り上がっているクラスメイトたちに躊躇いなく張りのある声で呼び掛け、単刀直入に本題に入る。
この一連の流れですでに、人前に立って発言することに慣れていることが窺える。
朝倉を見ながらそんなことをぼーっと考えていると不意に既視感が俺を襲った。
4月1日も朝倉と俺は、学級委員を決めるための臨時の学級委員というよくわからない立場で今のようにみんなの前に立っていた。
実のところ俺が慣れない学級委員になってしまった原因のうち、半分は出席番号のせいだが、半分は出席番号のせいじゃない。
––––じゃあ、学級委員を決めようと思うんだけど、だれか立候補する人はいますか?
「今から蓮香祭の実行委員を決めます!誰か立候補する人はいますか?」
朝倉の呼びかけに対して、クラスメイトは左右をキョロキョロしたり露骨に机に視線を下ろしたりという感じ。
––––もし立候補者がいないなら私がやってもいいかな?
「もし立候補者がいないなら私がやってもいいかな?」
誰も逆らう人がいるはずがない。
学級委員も文化祭実行委員も、特定の理由を除けば争ってまでやりたいことじゃないからだ。
クラスメイトはみんな頷いたり、「いいよー」とか「おねがい!」と言ったり好意的な反応を示した。誰かが拍手して、それが全員に伝播していった。
朝倉が立候補したおかげで女子の学級委員は即決した。
そして今日も女子の文化祭実行委員が即決した。
次は男子の学級委員だ。
「誰か立候補者いますかー?」
朝倉が呼びかけると、視線がある人物に向けられる。
仮の学級委員として前に出ている唯一の男子生徒。
現在学級委員として前に出ている唯一の男子生徒。
俺は格好の的だった。
しかし、あの時と俺は違う。
ここは勇気を振り絞って意思表明をせねばならぬ!
あの時は流れで学級委員に任命されてしまった。
藤谷先生が「1学期の学級委員は出席番号1番のペアにしよう」と言う意味不明な理由を付け足して。その反省を活かすのだ、今。
「男子ー、誰かやる人いませんかー?」
そう、他人事、だ!
自分は学級委員として前に出ているだけで文化祭実行委員をするなんて一ミリも考えていない雰囲気を出すことでまずは防御を固める。
クラスメイトの奇妙なものを見る視線が刺さる!でも我慢だ!
視線を主人のいない俺の席に向けて逃れると、その横で松景がニヤッと笑うのが見えた。
「今日体育ですごい活躍したらしいし相波がやったらめっちゃ盛り上がると思うんだけど、なー大地」
「へ?あぁそうなんだよ!相波マジですごかったんだよ!俺も相波にやってほしいわ!俺チョー協力すっから!」
「えっ」
突然松景がクラスを横断して大黒に話を振りやがった。
「そうなん?」
「それはマジ。あれはすごかった。」
「学級委員ペアでちょうどいいよな。」
「てか学級委員しかいないだろ」
「ちょっ」
そして「よろしく」と朝倉が言った。
バッと藤谷先生を見る。
「先生、部活がある生徒って蓮華祭実行委員と両立するの大変ですよね……?」
「ああそうだな。今は夏の総体予選前だし忙しいだろう……で相波に関係あるのか?」
藤谷先生の言葉は質問のようで断定だった。もう退部したことが伝わっている。
こうして学級委員決めと同様、熱意のある文化祭実行委員と望んでいないのに任命されて仕方なく前に立つだけのカカシが誕生した。
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