第8話「こんなのが学級委員長やっていいの?」

「さっきはあんまり良くなかったなー」


 せっかく大黒が友達との昼食に誘ってくれて他の4人も歓迎してくれたのに、陸上部を逃げるように辞めて部員と気まずいからという個人的な都合で一人萎えていた。


「はい、焼き鯖定食お待ちどおさま」


「ありがとうございます」


 やっぱり明るく行こう、そうしよう。暗いのと明るいのだったら明るい方がいいはずだ。

 机に向かっていると、俺が戻ってきたのに気づいた大黒が手を振ってくれた。

 やっぱり良いやつだ。こうなったらもうヤケだね。委員長っぽい冷静な振る舞い?そんなモノ捨ててしまえ。そもそも俺は委員長になりたくてなったわけじゃない。

 勇気を出して、久しぶりに大声ハイテンションでボケた。


「ヘーイ!焼き鯖定食お待ちど――……」


 焼き鯖定食を取りに行っていた間に、突如現れた女子生徒が振り返る。


 それが誰かなんて顔を見なくても分かった。くっきりと浮き出たアキレス腱としなやかで引き締まったふくらはぎ……辞めた陸上部の元部活仲間にして2年6組の女子生徒、現在既読無視中の青山楓がそこにいた。


「…………………………」

「…………………………」


 俺は自らの失策を悟り、全力で後悔した。


「焼き鯖定食、いただききましたーッ!!!」

「大火傷だ、アチチ。」

「ツルンツルンに滑ったね」

「ナイストライ相波!俺らそういうの大好きだからどんどん行こう!」


 ――ちょっと黙っててくれまじで頼むから!


 俺が来る前に談笑していたのだろう上がっていた青山の口角が一瞬引きつった……かと思うと再び自然な笑顔に戻る。

 

 ただし目は冷え切っていた。


「…………………………」


「人違いです。」


「まだ何も言ってないヨー?そっかー、キミらの新しい友達ってアイバくんって言うんだー。あれー?相波クンってたしか陸上部だよネ、陸上部あっちで決起会やってるけどなんでここにいるのー?みんな待ってるから一緒に行こうよ、ネ?」


「うわきっつぅ……」


「あ?なんか言いたいことあるの?負け犬既読無視チキン」


「なんでもないです」


 俺が陸上部を辞めた日に青山に送られた「負け犬」というメッセージを既読無視したことをすごく根に持たれていた。


「(修羅場キター!)」

「(こわこわや)」


 他人事だと思って盛り上がる男どもを睨む。青山はそんなおれに向けてため息をついた。


「もういいや。なんか言ってやろうって思ってたけど顔見たらテンション下がっちゃった。」


 そう吐き捨てるように言って背を向ける青山にカチンと来た。


「ちょい待ち。へー、美味しそうなもの持ってるじゃん。2週間後に予選を控えてるのに祝勝会の練習か?」


 青山が動きを止める。


「さすが1年からリレメンで個人でも県大会まで行った青山さんは違うなー。それとも決起会だからみんなと一緒にはっちゃけちゃった?」


「うっざ、あたしが何食べたってあんたに関係ないでしょ」


「ああ関係ないな。でもお前に似合わないからさ――」


「あっ、ちょっ!」


 俺は青山の盆からチキン南蛮の皿を強奪し、代わりに焼き鯖を渡した。

 タルタルソースのかかったチキン南蛮を一切れ箸でつまんで頬張る。甘酢ダレで程よくふやけたザクザクの衣、噛むと肉汁があふれるジューシーなチキン、それらをまとめ上げる爽やかでまろやかなタルタルソースが口の中で混ざり合って喉を滑り落ちていった。

 美味い!とてつもなく美味い!そうだよ、俺はもう陸上を辞めたんだ。オイリーなものもジャンキーなものも食べ放題なんだ。自由最高!


「うめぇぇぇ!あーチキン南蛮うまいわー!陸上部に会うことビビってた負け犬でチキンな俺にはたまらないねぇ。みんな今までこんな美味しいもの食べてたんだー羨ましいなー!」


 目の前と両サイドの愉快なお友達に呼びかけるが誰一人として言葉を発さない。目をそらしたり隣同士で乾いた愛想笑いを浮かべたりしている。


「うまーい!――あ、まだ居たんだ。ごめんもう箸つけちゃった♡」


 青山の顔から感情がストンと抜け落ちた。


 ガンッと椅子に衝撃が走る。青山が椅子を蹴ったのだ。さすが陸上部(?)だ、コンパクトな蹴りながらも、俺はバランスを崩して転けそうになり慌てて机に手をつく。

 びっくりして振り向いたが、彼女はもう歩き去っていた。


 や、やっちまった……。途中から引くに引けなくなって悪ノリが過ぎた。


「アイバ、すっげぇー……」


 俺が一番驚いてます。


「こんなのが学級委員長やっていいの?」


 おっしゃるとおりです。


「ほ、ほらな?アイバすげえだろ?」


 大黒、声が震えてる。ほんとごめん。


「いいんじゃない?爆弾すぎて歓迎はしづらいけど……ていうか」


 4人がばっと俺を向いた。


「「「「青山さんとどんな関係!?」」」」


「……君たちほんとぶれないな」


 その後は質問攻めにされて、結局陸上部を辞めたこととか青山が同じ部活で多少交流があったことなどがバレた。しかし彼らが求めていたのは昼飯を交換し合うほど深い仲なのかみたいな恋愛の方だったらしい。


「それだけぇ?はーつまんな。かいさーん」


 ついでに新田のチキン南蛮も一切れ強奪した。






「お、青山戻ってきた」

「おかえりー遅かったね」

「トキワー、全員揃ったよー。」


「オッケー……んっンー、予選まであと2週間。最後の最後まで走り抜いて1日でも長くみんなで夏を満喫するぞッ!乾杯!」


 部長の常磐正治の音頭で決起会が始まった。


「長かったね。イス見つかった?」


「うん」


「あれ、チキン南蛮じゃなかった?」


青山の動きが一瞬ピタッと止まる。


「野良猫に取られた」


「代わりに魚乗ってるけど?」


「……雑食なのかも」


「ぷっ、なにそれ変なの」




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