第6話「2人で昼飯じゃなかったの?」

 高々と打ち上がったフライは徐々に高度を下げて6組のライトのグローブに収まった。


 2コマ連続で行われた白熱の試合は、最終回、7回裏の8組の攻撃を終えて6組が7対5で制した。


「よっしゃ連勝継続!」「いい勝負だったよなー」「俺2打点ー!イェイ」「すげえヒーローじゃん」


「初めて勝てるかもしれなかったのになー」「惜しかったねー」「今日のソフトボールすげー楽しかったわ!」「それな。次の体育いつだっけ?」


 授業の締め、上杉先生の前に生徒たちは整列した。夏の入り口を感じさせる日差しに照らされる汗やスライディングして砂埃がついた体操服が激戦を物語っていた。


「今日は2時間連続の長丁場だったが、とてもいい試合だった。さて、緊張感のある白熱した体育の授業には怪我はつきものだ。8組相波。怪我はどういった時に起きる?」


 ジャージを着てて暑くないのかと女子を眺めているところに不意打ちを食らい、間抜けな返事をしてしまった。周囲から忍び笑いが漏れる。


「えーっ、とぉー、油断とか気の抜けてるときだと思います」


「事故はそうだな。今の君のように。しかし怪我は全力のときに起きる。

 体育の先生としてはみんなが本気で授業に臨んで楽しんでくれることは大歓迎だけど、部活や勉強、みんなが限界ギリギリに挑戦するべきものは体育ではなく他にあるはずだ。

 今日もヒヤリとする場面が多々あった。だから改めて伝えておく。全力の出しどころを間違えないように。以上。解散。」


 一部の男子生徒たちが一斉に走り出した。


「よっしゃあ待ってろ俺のチキン南蛮定食ぅ!!!」「着替え?そんなのあとあと!混む前に食堂一番乗りじゃ!!!」「やべえ決起会に遅れちまう!」


「そういうところなんだよ男子ども!道具片付けてから行け!!」



 ***



「よっす、おつかれー」


「よっすー大地……ってあれ、委員長だ。」

「よっすわマジで委員長じゃん」

「へー珍しい。こんにちは、委員長」


 3、4限のソフトボールの後、昼食を一緒に食べようと大黒に誘われて食堂に来た俺を出迎えたのは2年8組のクラスメイトである男子3人、声を掛けてくれた順番にバスケ部の須藤すどう陽斗はると、帰宅部の新田にった照真てるま松景まつかげあきらだった。


「よっ……こんにちは」


「あれ?委員長緊張してるの?いいっていいって!気楽に行こうぜー」


 新田くん、それができないから緊張しているんだ。

 小学生の時、ソフトボールやってた頃までは男子の雑でバカで明るいノリが素だったはずなんだけどな、と過去を振り返ったが新しい発見も楽しいこともあるはずがないし今の状況に比べたら些細な問題だ。2年8組が発足して1ヵ月、ニノハチ王国の4大貴族が結託したことを知らされた国王の心境だった。何が起きるか分かったもんじゃない。


「とりあえず食券買ってきたら?その間にお茶ついどくからさ」


 高身長の爽やか正統派イケメン、松景くんに促されて大黒と俺は一旦机を離れた。


「なあ、2人で昼飯じゃなかったの?大黒以外もいるって聞いてないんだけど。」


「あれ?紹介したい奴らがいるって言わなかったっけ」


「昼食の誘いしか受けてないね」


「まあいいだろ?2人が5人になっただけだし。あいつら気のいい奴らだからさ」


 大黒と話していて俺は自分にルールを作っていた。マイルールだ。

 相手を尊敬する。それを満たす限り、俺が卑屈になったり遠慮したりしないということだ。

 会話はキャッチボールだから、不必要に弱いボールを投げ返したり、そもそも相手が取ってくれないんじゃないかといらぬ心配をしてボールを投げ返さなかったりするとリズムが悪くてお互い楽しめない。


「でも5人キャッチボールなんてしたことないんだよなぁ」


「なんか言った?」


「なんでもなーい」


 今日は日替わり定食がチキン南蛮だったせいで、定食の受け取るところには長蛇の列ができていた。注文した焼き鯖定食を受け取るまで数分間待ちそうだったので一旦机に戻ると4人はすでに料理を食べ始めていた。


「やっぱチームって5人だと思うんだ。」


「戦隊ヒーローなにレンジャー?」


「そうそれそれ」


 友達を待たずに食べ始める雑さに懐かしさを感じていると新田がよくわからないことを言い出した。


「それで俺と大黒と須藤と松陰で4人っしょ?あと一人で丁度いいなって思ってたんだよね」


「それにしてもまさか委員長が来るとは思わなかったよ、大地?」


 松陰が話を振ると、大黒は今日のさっきのソフトボールのことを話し始めた。


「――ってことでさやべーんだよこいつ!まじで!ヒーローの素質有りすぎだぜ!?」


「へえ。体育のソフトにランニングホームランはありがちだけど、すごいね」


「確かにランニングホームランなんだけどさ、ガチでライトオーバーでバリバリ遠くにかっ飛ばしたんだよ!あれはもうホームランだって!しかも五十嵐から打ったんだ!」


 大黒が目を輝かせて鼻息荒く試合のハイライトを語る。当事者としては交流を持ち始めて1時間も立ってない3人にジロジロ見られながら褒められると背筋がそわそわして落ち着かないけれど、改めて大黒っていいやつだなと思った。こうやって人をまっすぐに褒めてくれる大黒だから昼食の誘いに乗ったのだ。


「かー!まじか!これ俺レッド取られちゃうじゃん!」


「いつから照真がリーダーになったの?」


「俺がブルーで陽斗はイエロー。最後に入ったんだし、委員長はブラックでいい?」


「君たちのクラスの委員長ブラックっでいいのか?ヒーロー物のブラックって問題抱えてそうだよな」


「そうだぞ玲!黒はゆずれねぇ!」


「はいはいそうだったねMr.ビッグブラック。ところで試合には勝ったの?」


「5-7で負けた。」


「惜しい!てか5点も取ったのすげえじゃん!前まで0点っしょ?」


「おう、相波がホームラン打った後から五十嵐も相波もゆるいボール投げだしてそここからは乱打戦よ――ってそうだ!今日やっと五十嵐と喋ったんだよ!これも相波のおかげでさあ!」


「はいはい相波がすごかったのはもう分かったって。でもよかったじゃん。大地最初はソフトやる気満々だったのに、途中から俺らと同じバドミントンにすればよかったって泣きそうだったからさ」


「泣きそうになんかなってねえよ!」


 ひとしきり松陰が大地をいじった後、話はバドミントンに移った。


「バドミントンはやっぱりいいぞー?ポヨンポヨン跳ねてさ、ポヨンポヨンって。もうすげえのよ。」


「照真ずっとそんなところ見てたの?いやらしー」


「おうよ!もう釘付けだわ」


「ずりー、なんでバドミントンだけ男女混合なんだよ!」


「それはお前らがソフトボールなんて熱血球技選んだからしょうがねーな」


「ちくしょー!」


「それに可愛い女の子多いし」


「青山さんとか?」


「青山?」


 なかなか話に入れずに居たが、松陰が挙げた知っている名前につい反応してしまった。


「あれ、相波は知らない?6組の青山さん。」


「いやー、どうだっけかな、あっはは」


 知っているどころかつい最近まで同じ部活で放課後ずっと一緒に居たわけだが、何を何から説明しようか、それとも何も説明しないほうがいいか判断できなくて言葉を濁した。ついでに既読無視しているメッセージを思い出して複雑な気持ちになる。


「おい松陰!青山さんはキレイ系だろう!?」


「照真、文脈。文脈読んで。」


 焼き鯖定食できたよーと食堂のおばちゃんが声を張っている。食券に自分のものという目印の折り目を付けて受付に置いた時、俺の前にはチキン南蛮だけだったのでおそらく俺のだろう。一言断りを入れて俺は席を立った。

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