その二 生まれ変わって男色を味わう
それからというもの、余は江戸と水戸を往復しながら厳しく育てられた。前世とは比較にならぬほど穏やかとはいえ二十年前には大阪の役なる大きな戦があり、未だ油断はならなかった世情からして父は余に武人となるよう求めていたに違いない。剣や弓、馬術の稽古に加え、しばしば思いも寄らぬ試練を課されることがあった。
あるときなどは父が自らの手で殺めた家臣の首を夜の森に置いていき、未だ七歳である余に拾ってくるよう命じてきたのだ。周りの者たちは慌てふためき、お止めください、若に対してもひどすぎまするなどと申しておったが、仮にも余はかつてイングランド王として戦場を駆け回り、あまつさえ異教徒の捕虜三千人を皆殺しにした身であったため首の一つなど度胸試しにもならなかった。背丈、四肢ともに十分には伸びきっておらぬ小さな身体でありながら平気な顔で髻を掴み首を引きずりつつ屋敷に戻ると、先ほどまで怯えていた家臣からは喝采をもって出迎えられ、どうせ出来ぬと侮っていた父からも大いに誉められた。その他にも事あるごとに父から些か度を超した鍛錬を強いられたが、リチャードであった頃の知恵を活かして難なく乗り越え、周りから持ち上げられる日々が続いた。
だが褒めそやされるのにも慣れて飽き、いつしか余は堕落をはじめる。なまじ前世の記憶と生来の力があるせいで、何もかもがうまく行きすぎ退屈を感ずるようになっておったのである。そんな中で目をつけたのがこの国の装いであった。たしかに服の造りこそ気候風土に適していたものの、生地は似たり寄ったりで色合いも鮮やかさに欠ける。当然ながら家臣が用意するのも藍や茶をはじめどれも渋い服ばかりで、金や銀などと贅沢は言わぬまでもはっきりとした彩りの装いがまるでなく、幾度となく不平を漏らしても詫びじゃ寂びじゃというのみでどうにも納得がいかぬ。
ところがしばらく悶々と過ごすうち、あるとき家臣の一人が箪笥から一枚のサーコート、この国でいうところの羽織りを取り出すのを偶然に見かけたのだ。それは生まれ変わって初めて目にする燃えるような朱に彩られており、余はすぐさま手を止めさせ何ゆえこのようなものがあるかと問うた。すると父である頼房が若い時分に身に着けていたが、これは傾奇者なるならず者の衣装であり、貴人の身には相応しくないと申してそそくさと隠しよる。しかし手に入れたい願いは消えず、幸いにも余は公子の身であり自由な金が幾らかあったから、傾奇者はいるか、その衣装はどこかと江戸の町を訊いて回った。すると華やかな身なりの男たちがすぐに参って、どうぞ水戸の若さまこれをお召し下さいませと、毛皮の襟のついた衣やビロードのマントなどを差し出してきたではないか。かくして望みは一日と経たぬ間に叶えられるところとなり、余はこの者たちを友として毎日のように顔を合わせた。
彼らは家臣が眉を顰める傾奇者であったが、共に過ごすと妙に気が晴れやかでの。男伊達で義理人情に厚く、仲間のためなら喧嘩もいとわぬ気っ風の良さで、そうした心根が屋敷で窮屈に過ごしていた身にはいたく快く感ぜられる。余も真似をしてというよりは、自ら輪に入り同じく荒事に身を投じてみるとこれが何とも懐かしい。
なぜなら世情は一応のところ平穏であったうえ、余は公子の身分ゆえに行儀よく振る舞うよう躾けられてきたが、前世は死ぬまで戦場を駆け抜けた獅子心王のリチャードであったから、領土の争奪を賭けた本物の戦とは言わぬまでも、
力がものを言う傾奇者の間で向かうところ敵なしとなれば
しかし余の杞憂を嘲笑うかのように呆気ないほど簡単に首が縦に振られ、善は急げとばかり日を跨がずして教えられたかの地に足を踏みいれた瞬間、余は気を失わんばかりに感激した。この世でもっとも人の往来激しい江戸日本橋のほど近く、堺町、葺屋町、堀江六間町に跨がって数十もの陰間茶屋が軒を並べており、男達が人目を憚ることなくおのおの建屋に入っていくではないか。むろん余は吸い寄せられるように後をついていった。それから先はもう目も眩むような素晴らしい体験であった。
中には化粧を施し煌びやかに着飾った稚児が慎ましやかに佇んでおり、その麗しさたるやとても言葉では言い表せぬ。まだ成人に成り切らぬ者だけが放つ美しさはどの男や女よりも神々しく、肌はもちろん衣装にさえ触れぬ内から余の逸物は興奮のあまり褌はおろか袴までも突き破らんばかりに怒張しておったよ。次いで金を床に放り投げざま、堰を切ったように稚児を部屋に連れ込むなり押し倒しては小さく白い身体を貪りまさに桃源郷に至る境地で身が干涸らびるほど
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