中 ── 〝まるで動物園ね……。〟





 居住区画第2層の〝墓地〟は、北側のシャフトとの内壁へと登っていく丘陵を擬した造成地──〝山の手〟と呼ばれる──に在る。

 もっとも〝遺体〟は骨までが有機転換炉での再資源化の対象であるため、墓石の下は空っぽだ。だからこの施設は単なるメモリアルでしかないわけだが、そこに懐かしい人の想い出を捜すということを人間は止められない……。

 かく言う俺も、何度となく着なれないスーツにタイを絞め、黒い強化樹脂製の墓石の前に立っている。


 柔らかい人工の陽射しの下の墓石には、

 〝ジョーダン・ローザ・イーデン 17歳〟 とあった。


 この墓石がここに置かれてから、もう5年が経つ。

 自殺……だった。

 俺は、ジョーの激しい気性の映える表情かおが最後には〝消え入るような〟微笑となっていったあの最後の数日を思い返し、それを鮮明なものに出来ない自分に後ろめたさを覚える。いつものことだが、あのときの彼女が、いったい何を言いたかったのか、今でも俺にはわからない……。


 隣でダニーが鉢花を墓石の上に据えた。白トルコキキョウをメインに据えたアレンジメントだったが、故人ジョーがこの花を好きだったことを思い出せないでいた自分に、今更ながら幻滅する。

 ダニーは憶えていた……。いや、知っていたのか。



 祈りを捧げ終え、俺たちは墓地を離れた。

 互いに言葉は無かったが、共にジョーのことを想っていたのは間違いない。

 彼女が俺たちと同じ時間を共有しなくなってから5年という時間が経っていたが、それでも彼女との時間が、その後の俺たち2人の生き様を決めたといっていい…──。


 俺やダニーよりも1つ上の学年だったジョーは、よく出来た姉のようなもの存在だった。

 通常は16歳で受けることになるMAの〝選別試験〟を15歳で通過パスし、〝シチズン市民〟の資格を取得するような才媛だったから、元々の頭の出来が俺なんかとは違っていたのだが、どういうわけか俺たち3人は波長が合った。──面倒見がいいコだったから、俺やダニーのことが〝あぶなっかしく〟てしようがなかったのかも知れない。

 そんな彼女が〝シティ〟に移った日は、一日中表情を作るのに苦労したが……〝シティ〟から出てきた日には、その何倍も苦労したことを憶えている。


〝──まるで大昔の地球にあったっていう動物園ね……。〟

 ジョーはそんなことを言うようになって、シティ上級居住区画の積層アパートメント高層の自室から飛んで墜ちたという。

 人伝に聞いた話だ…──。


 その日、俺とダニーは、選別試験に期待を持てない者の常で、トループス戦士になるための〝養成所〟に入るべく仮入所の身だった。

 ジョーのような〝ギフテッド天賦の才能〟が無くとも、トループスとなってA級にまで昇り詰めることができれば〝シチズン市民〟となることができる……それに賭けることにした俺とダニーだったが、仮入所していた期間中に、ジョーは逝ってしまった。

 養成所の敷地に入る際に取り上げられ、退所したときに返された俺たちの端末には、彼女からの着信が溜まっていた。

 俺たち2人にとっての、苦い記憶だ。



 何気ないダニーの声が、そんな追憶から俺を引き戻した。

「ジェイクはこの後どうする?」

 墓地の区画から出たときだ。

 俺はダニーの顔を見返すと、日常の行動として、少女のことを頭の片隅に追いやって応えた。

マクニールの店ファクトリーに整備に出してたギアを受け取りに行くんだ……」

「じゃ、運搬車がいるね。付き合うよ」

 ダニーはトループスになっても変わらない〝人懐こい〟笑顔でそう言うと、もう端末を広げて運搬車両の手配を始めている。

「そうか……そうしてくれると助かる」 俺は素直に礼を言った。

 今日のような日は一人で居ても気が滅入るが、ダニーにしてもそうなのだろう。


 何れにしてもファクトリーからギアを移送し、アーマリー拠点コネストーガ後方支援車に積み込まねばならない。

 アーマリーまでの搬送は自動運転でいいが、その後のコネストーガ側の機材との調整──これを怠るヤツは多いが、高いツケ代償を払うことになることだってある…──は一人でやるより二人でやった方が作業もはかどる。そっちの方はダニーの得意分野でもある。


 30分と待たず、自動運転の運搬車が近くの路肩に停車した。プロテクトギアを1体荷台に乗せることのできるピックアップタイプだ。

 俺たちは運転席に乗り込むと、車を走らせた。



 〝山の手〟の小洒落た店構が『マクニールの店』で、ガラス張りの間口はショールームになっている。そこには高級スポーツカーよろしく、最新のプロテクトギアやドローン無人航空機=UAVの類いが並んでいるわけだが、これらが何であるのかを思えば嗤ってしまうのが普通の人間のあり様なのではなかろうか……そんなふうに俺などは思うのだ。

 まぁしかし、この立地でこういう商売ファクトリーをするのであれば、こんな茶番も必要なのだろう。

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