下 ── あなたは無茶はしませんから


 スライド式のガラスドアを潜り中に入ると、フロントに知った顔を見つけた。

 パーティーの狙撃担当、〝レンジャー〟ことリオンだった。

 もうブツ品物の仕上がりを確認し終えたのか、それとも改造の相談に来て仕様の打ち合わせを終えたのか、すでに支払ブースの前に立ち、受付の女の子にちょっかいを出していた。

 その女の子の困った様子と表情かおに、

「──リオン、今日はギアの2ミッションチェック2回目のミッション後検査かい?」

 ダニーが助け船を出してやる。

 それでリオンの意識がダニーとその隣の俺へと移った。

「いや……それとは別に、ラジエーター冷却装置〝一つ〟ひと回り小さいのに換装しようと思ってよ」

 俺たちに右手を上げて寄越すリオン。その隙に女の子は支払いの入力操作を完了すると、ダニーに向いて〝助かりました〟と微笑み、カウンターの奥に消えてしまった。

 支払手続き完了のチャイムにリオンがカウンターに視線を戻したのだが、もうそこに彼女の姿はなく、カウンターのトレイの上にチップカードを兼ねた認識票ドッグタグが残されていた。

 慌てて女の子の顔を捜し始めたリオンの姿が微妙に憐れで、俺が言葉を引き取った。


「結局、容量を下げるのか」

 少し前に、ギアの重量を少しでも軽くしたいと、リオンからはラジエーターの小型化の当否を相談されていた。前衛ポイントマンとして同じ型のギアtype-44を使っている俺に、リオンはよく意見を求めてくる。リオンは並の前衛よりも〝ギアの動き〟に拘る男だ。

 ……で、そのときに俺は〝消極的な賛成〟すらしなかったはずだったが…──。


「ああ……」

 まだ未練のある目線を奥にやっていたリオンが、ようやく向き直った。カウンターの上の端末に手を伸ばしつつ言う。

「俺の得物じゃ、そこまで排熱の必要がねぇからよ。射点を変えるのにもちっと素軽さが欲しくてな」

 そうか、と俺は応じる。

 確かに重量を軽くできれば重量出力比パワーウェイトレシオは有利となる。またリオンの得物──20ミリ対物ライフル──はエネルギー兵器でないし、狙撃という配置は俺のような前衛と違って〝動き回ら〟ねばならないポジション立場でもない。ヤツの言い分にも一理ある。だから俺はもうこれ以上は何も言わない。

 結局、判断するのは自分だし、そのことに責任を負うのも自分だ。


「……で、おまえらは?」

 ちょっと不機嫌そうなリオンに質され、俺は答えた。

アクチュエーター人工筋繊維の張替とアンカーワイヤーの分解整備……それにバッテリーのチェック」

「ダニーは?」

アーマリー拠点に入れてからの調整を手伝うんだ」

 リオンは大仰に肩を竦めてみせた。

「ハっ……マメなこって」

 ま、予想の出来た反応だ。大概コイツはこんな反応をしてみせる。だが、整備の重要性を軽視するようなことはない。自分の得物はプロ以外には決して触らせないし、一度ひとたび対物ライフルの分解整備を始めれば、納得のいく組み上がりに戻すまで惜しみなく時間を使う。

 ……つまりは、〝シャイ〟なのだ。


 そんなやり取りを交わしていると、カウンター側の壁に掛かるモニターに俺たちの担当チーフのバストショットが映った。

「やあ、来ましたね」

 収まりの悪い髪、眼鏡の下、そばかすの目立つ冴えない童顔が笑いかけてくる。ちょっと見ではプロテクトギアを扱う人間には見えないが、多分、この第2層で働くメカニックの中では、三本の指に入る凄腕だ(……と俺は信じている)。名前はマーヴィン・ホイッスラーと言う。

「物を取りに来た」

 俺が簡潔に応じると、

「──いま、〝結界〟を解きます。奥へどうぞ」

 マーヴィンはいつも通りに応じてくれた。〝結界〟とは物理セキュリティーのことを言っている。リオンは手を振ってこの場から離れていった。

 カウンターの隅が開き両脇のガードの1人が入るよう手招きしてくる。俺とダニーはカウンターの内側に通され、奥のワークショップ作業場へと向かった。



 ワークショップ作業場の中には、俺の物を含め10体ほどのプロテクトギアが吊るされていた。オートマトンの徘徊する戦闘領域を駆けるトループスの甲冑も、こうなっては形無しだ。もはや着ぐるみにしか見えない。

 最奥から3つ目のハンガーラックの前にマーヴィンの姿を見つけた俺たちは、早速そっちに足を向ける。

「だいぶ手こずらされました」 そうは言っているがマーヴィンの顔は〝ドヤ顔〟だ。

「──軽量型のtype-44にフルダイア正規径の人工筋繊維を押し込むなんて……しかも、装甲は一切削るな、ですからね。筋密度は少しいじりましたが──」

「──その分、チップは弾んでるだろ?」

 俺は、放っておくといつまでも自慢話が止まりそうにないマーヴィンを遮り、自分の身体を包んでくれるギアの前に歩みを進めた。

「そりゃ、まあ、そうですけど……」 マーヴィンが渋々とその場所を明け渡す。


 フロント前面の側を開いて除装モードで吊るされているギアの内側には、真新しい人工筋繊維が見て取れた。液漏れの跡もなく、いつも通りの良い仕事だった。

「試しますか?」

 マーヴィンが訊いてきた。

「いいのか?」

「ええ。あなたは無茶はしませんから」

 〝ここワークショップの中〟でトループスがギアを装着することを許すメカニックはほとんどいない。良識のないトループスはこの場所で運動会を始めかねないし、ほとんどのトループスは良識が備わっているようには見えない……。

 だが、マーヴィンは童顔に笑顔を浮かべて肯いてみせた。その手にはカメラが握られている。

 なるほど。

 俺は笑い返すことで感謝の意を示すと、タイを外しスーツの上着を脱いでダニーへと放った。

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