中 ── …まで、もうそれ程時間がない

 標的──先導のオーガーまでは、約80メートル。

 人工筋繊維式アクチュエーターが増幅してくれるプロテクトギアの脚力を最大限に発揮させ、俺は80メートルを一気に詰める。

 バイザーの先で、動きの止まったオーガーがまるで〝生き物のよう〟にたじろいだように見えた。HUDに情報が重ねられる。反対方向に伸びる連絡坑道の横の詰所あとを射撃点にしたレンジャーの、20ミリ対物ライフルによる狙撃だった。立て続けに3発を、オーガーの長帽状の索敵レーダー──陸亀の甲羅の上に置かれた鉢から伸びるサボテンにしか見えない…──に叩き込んだようだ。さすが、大口を叩くだけのことはある。


 それはさておき、俺は電子の眼索敵レーダーを失ったオーガーに近付くとエキシマレーザーの出力を最大に設定して制御中枢──さっきの例で言えば〝甲羅の上の鉢〟の位置に向け、撃つ。

 熱線による溶融破壊兵器である赤外線レーザーと違い、エキシマレーザーは照射対象を衝撃で粉砕するパルス発振レーザーだ。

 オーガーの中枢部を護るセラミック装甲は一撃目で弾け飛んだ。剥き出しになった内部なかの中枢機器に俺は二撃目を向ける。出力の設定を通常モードにまで下げたが、それでも次発の発射が可能になるまで時間が掛かる。もどかしさを感じつつ、チャージが完了するなりレーザーを叩き込んだ。それでオーガーが沈黙する。

「ウォーロード、先導の1体はケリをつけた」

 俺は簡潔に報告をした。すかさずウォーロードの声が応えた。

『こちらウォーロード……よくやった、ローグ。……おいクレリック! まだ掛かりそうか?』


『──俺のガンじゃ、1発、2発じゃ無理だ……!』

 俺はレシーバーが拾ったその声に、HUDの上に戦術マップを広げさせ状況を確認した。プロテクトギアのHUDは、アイトラッカー視線追跡制御と音声デバイスで操作することができる。ウォーロードとクレリックのギアはもう1体のオーガーに取り付いているが、中枢部を覆うセラミック装甲を除去出来ていないらしい……。クレリックのレーザーガンは俺の得物ものよりも旧式で出力も低い。その上最大出力で撃つにはチャージに時間が掛かる。ウォーロードのレーザーガンは赤外線レーザーだ。セラミック装甲が相手ではほとんど歯が立たない。俺は嫌な予感がした。

『──…ウォーロード、早く! そろそろオーガーがリブート再起動する!』

 いよいよレシーバーの拾うバードの声が上擦ってくる。

『──いま3発目! ええいクソっ、ダメだ……現在、チャージ中!』

 クレリックの唸るような報告に、ウォーロードがレンジャーに叫ぶように指示を飛ばす。

『レンジャー、そっちで装甲を飛ばしてくれ!』

 オーガーがリブート再起動すれば、3銃身の20ミリ機関砲が周囲にAPI弾徹甲焼夷弾をバラ撒き始める。それは、正直ぞっとしなかった。

 レンジャーが答えた。

『ダメです……ここからじゃ〝的〟が見えません…──射点を移動します』


 レンジャーの応答を耳にしたときにはもう、俺は行動を起こしていた。

 リブート再起動しかけているオーガーに向け、プロテクトギアの強化された脚力でジャンプする。射法投射…──要するに放物線を描くような軌跡で飛ぶ俺は、ギアが放物線の頂点、つまり最高高度に達するより前に左手を伸ばし、そこに仕込んでおいたアンカーワイヤー(……コイツは特注装備だ)を撃ち出した。

 アンカーが主坑道のキャットウォーク作業通路を繋ぐランボード連絡板に絡む。都合のいい場所にランボードを見つけられたのは運が良かった。俺はワイヤーを巻き取り、ギアを引き上げると〝振り子〟の動きでオーガーに迫る。旧いコンテンツ娯楽作品にあった〝ターザン〟ジャングルの王者の要領だが、ここまでの一連の動きはずっと速い。──ざっと1秒、といったところだ。俺の見たところオーガーがリブート再起動を完了するまで、もうそれ程時間がない。


 自由落下に転じたギアのHUDがオーガーの赤いボディを捉えた。クレリックとウォーロードのギアの背も同じ視界の中にある。

 通話を開いた。

「クレリック、退け……そいつはこっちで飛ばす」

 俺はこういうときに〝叫ぶ〟ようなことはしない。叫べば冷静さが失われる。冷静さが失われればあらゆる操作の精度が落ちる…──それは、戦場ここでは死に近づく……。

『…──解ったローグ……ここは任せた!』

 派手な動きの割に揺れの少ない視界の中で、俺は照準のレーザーポインタの挙動を追った。同時に〝標的オーガー〟の様子も窺い、両者を秤にかけている…──則ち、リブート再起動が完了するまでの時間的余裕と、望み得る射撃の精度とを、だ。

 このときの俺は、より接近しての必中を選択した……まだ〝その余裕はある〟と判断したのだ。


 俺はオーガーから離れようするクレリックのギアの横に着地した。ここで床面をグリップしても勢いを減殺することは出来ないから、落下方向へのエネルギーだけ膝を使って逃がしてやる。進行方向への勢いはそれほど消えていないが、構わずに俺は正面のオーガーにレーザーガンを向けて引き金を引いた。撃った後、2、3歩足が出たが、それを助走にもう一度跳び上がる。

 再び空中へと飛んだ俺の身体の下で、オーガーの中枢部を覆うセラミックの装甲は爆ぜ、飛んでいた。中から中枢機器の姿が覗いている。

 と、オーガーの頭頂部──サボテンの天辺てっぺん…──が伸び、格納伸縮式のシーカー目標捜索装置が首を振り始めた。リブートが完了したのか……。

 だが、パーティーにその動きに釣られる者は居なかった。

 装甲を失い剥き出しになった内部を、すぐさまウォーロードが赤外線レーザーで灼いた。直後、レンジャーの放った対物ライフルの弾丸が、唸りを上げて炎を吹く内部構造を抉る。そうして最後に、チャージを終えたクレリックのレーザーが、燃え盛る内部基盤を粉微塵に吹き飛ばした。


 リブートを終えたオーガーだったが、その直後に沈黙することになった。

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