phase 1 【日常】

#01 戦闘領域

上 ── 闇の中、2体の〝怪物〟


 わずかに振動おとを感じた。

 バイザー越しの闇の中には、まだ何も見えない。だが強化された知覚は、確かにそれを拾っている。

 もし目の前に自分の掌をかざしてもそれと判らない暗闇だ。

 …──もちろん、不用意にそんなことをすれば、たちまち奴らに位置を感知され、数秒とせずに〝怪物〟どもが殺到してくることになるかも知れない。こちらが捉えたということは、先方にも出来る公算が〝大〟だ。そんなリスクは冒せない。レベルFF級の〝新米〟ならいざ知らず、そんな馬鹿をするマヌケは今どきどこの〝パーティー分隊〟にも居られはしないだろう。ここは〝待ち〟の一手だ。

 俺は耳を澄ます。

 振動は引き続き感じられる。闇の中、2体の〝怪物〟が近付いて来る……。

 俺は〝死んだふり〟を続ける。〝息を吹き返す〟タイミングは、呼吸いきを殺した俺から百メートル以上離れた場所からこの戦場狩場を見ている〝バード吟遊詩人〟を介して、パーティーの全員に告げられる。


 そして、ほどなく〝その時〟は到来した。



 バイザーの向こうの視界が、いっぺんに明るくなった。

 予測された進路の上を進んできた2体の〝オーガー〟──4足歩行型オートマトン自動攻撃兵器──が警戒線に進入したのだ。

 十字路の瓦礫の下に設置した感圧センサーがそれを感知し信号を発する。信号は原始的なケーブルを辿って後方支援車の車中なかから状況を監視モニタしていた〝バード〟に伝わった。状況を確認した(もちろん、支援車が〝狩場〟から直接照準を受けないことは事前に確認されている)バードは、そこからは無線でパーティー全員に戦闘開始の信号を放つ。それでデータリンクの同期が再開され、俺のプロテクトギアは低消費モードから息を吹き返した。

 周辺では、やはり同じように息を潜めていた他のメンバーのバイザーも〝息を吹き返して〟いるはずだ。

 と同時に、これでにも〝敵〟…──つまりの存在が知れたことになる……。


 バイザーに投影されるHUDヘッドアップディスプレイには後方支援車を介して戦場の様々な情報が映し出されていく。

 放棄されてからしばらく経った鉱区へと至る重機坑道──戦闘領域には最近になって指定された…──がHUD上に画像処理を重ねられ浮かび上がる。輝度は十分に調整されているはずだが、暗闇に慣れ切った肉眼にそれは少々明るすぎるものだった。視界が回復するまでに1秒近く時間がかかる。

 それは、機械仕掛けの怪物オートマトンを相手にするには危険すぎるタイムラグだ。

 だが、俺たちは経験を積んだ〝トループス戦士〟だった。リスクへの対応策は講じてある。

 主坑道と連絡坑道の交差する十字路は、俺と〝クレリック〟とで設置したランチャー発射機が形成する十字砲火点クロスファイアポイントとなっている。ランチャーは後方支援車から遠隔操作され、侵入者目掛けてグレネードを投射する。弾頭は閃光弾と煙幕……そして電子的に機械を麻痺させるEMP電磁パルスだ。

 支援車の中からバードは、決められた手順の通りにランチャーを操作した。2体のオーガーが〝俺たちの発する熱や振動を探知し〟行動に移るその前に。


 十字路が閃光と煙に包まれた。

『──…ウォーロード……ランチャー全弾発射、全て着弾しました』

 バードの興奮を抑えるのに苦労してる声音をレシーバーが拾う。そんなはやるバードに対し、抑えるような〝ウォーロード〟──パーティーのリーダー分隊長を務める沈着な男だ…──の落ち着いた声音が応じた。

『……了解だ、バード。EMPの効果を確認次第、仕留めに懸る…──』

 俺は身を隠していた物陰からFHSUフレキシブルハンディセンシングユニット(通称〝覗き見棒〟)を伸ばすと、その先端のセンサーが取り込んだ映像をバイザーのHUDへと回した。

 すでに閃光弾の光は収まっており、まだ薄れないスモーク越しに動きの鈍った2体のオーガーが見て取れる。もし電磁パルスによって発生したサージ電流の伝うオーガーの外装を可視化することが出来たなら、その様子はさながら〝麻痺の呪文〟を掛けられ苦悶する怪物だったろうか。


 レシーバーがウォーロードの指示を伝えてくる。

『──レンジャー、捜索レーダーを先ず潰せ……5秒内に2機とも、だ。できるか?』

『楽勝、です』

 レンジャーの、余裕のある……というより尊大にも聞こえるその応答を聞き流して、ウォーロードは言を継ぐ。その口許がわずかに綻んでいる様が想像できた。

『ローグは〝先導のヤツ〟の中枢部をれ』

「了解」

 俺は応答すると右手のエキシマレーザーガンのグリップを握り直し、飛び出すタイミングを見計らった。もうこの時にはEMPの効果は確認できている。オーガーは2体とも動きが止まり、細かな誤作動を繰り返している。程なく自己診断が走り、リブート再起動することになるだろう。

『──俺とクレリックで〝後続のヤツ〟をる』 ウォーロードが指示を終え、息を短く吸った。『よし! かかれーっ』


 ウォーロードの号令で、俺は物陰を飛び出した。

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