第2話 戻らない日々

 やっぱりダメだった。

 あの日を境に、お母さんはおかしくなってしまった。

 いるはずのないお父さんに話しかけ、ご飯を作り、一緒に寝ている。


「はい、お母さん」


 僕は仕事に行かなければならないから、妻の魔王ちゃんにお母さんの世話を任せることにした。

 もうお母さんは一人で生きていけない。

 そう考えたからだ。


――――――――――――――――――――


「どうして佐藤の分を作らないの!」


 最初はお母さんとたびたび揉めた。

 なにしろお父さんがそこにいると思いこんでいるから。


「はい、これが佐藤の分なのじゃ」


「んふふ」


 でも、お母さんはとってもいい笑顔だ。

 お父さんが生きているときのように。

 あの日以来、お母さんの涙は見ていない。

 きっと今もお父さんと楽しくご飯を食べているんだ。


――――――――――――――――――――


「私、お父さんとお風呂入ってくるね」


 お母さんは、毎日そう言って、お風呂場に行く。中からは、楽しそうな声が聞こえる。一日を振り返っているようだ。

 これは、妻に聞いたことなのだが、お母さんは一日中ボーッとしているみたいだ。お風呂場で話していることは、嘘らしい。

 いや、僕はあれが嘘だとは思わない。

 きっと、お母さんは今でもお父さんと楽しい毎日を過ごしているんだ。


――――――――――――――――――――


「おやすみ、佐藤、ブレサル、魔王ちゃん」


「おやすみ、お母さん」


「おやすみなのじゃ」


 お母さんは、必ずダブルのベッドに寝る。

 理由は言わずもがなだ。

 最初、ベッドを新しく買うとき、シングルにしたらお母さんが大激怒した。

 仕方なく、また買い直した。


 お母さんはすごく幸せそう。

 何もかもが満たされているような顔で、眠る。


 お母さんが幸せそうなら、それを邪魔する理由はない。

 幸せな夢を見させてあげよう。


「佐藤……」


 夢の中でも一緒だなんて、お母さんったら。


 このまま、いつまでも一緒なのかな。


「幸せそうなのじゃ」


「うん、そうだな」


 二人でお母さんの頭を優しく撫でてあげる。子供の頃は、よくされていた。


「えへへ……」


「いい夢を」

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