トマト

空見ゐか

トマト

 私をいじめていた「やまと」が死んだ。


 彼の死体は近所の駐車場に捨てられていた。ちょうど頭くらいの大きさの岩が死体のそばに転がっていて、コンクリートの地面には血や脳味噌が飛び散っていた。たぶん岩をぶつけられて、頭がはじけたんだろう。


 やまとが死んで、私は大いに喜んだ。


 彼は私を傷つけ、犯し、心も体もボロボロにした。彼のせいで、私は左目の視力を失い、右足もろくに動かせなくなった。私はやまとを恨んでいた。毎日死ね死ね死ねと願った。そんなやまとが、ある日、死んだ。顔がぐちゃぐちゃになって、血がいっぱい飛び散って、死んだ。私は嬉しくて、愉快でたまらなかった。生まれて初めて、生きていて良かったと感じた。


 そこで私は、誰が彼を殺してくれたのか、物知りの仲間に訊くことにした。私たちには名前がないけど、物知りといえば彼女だった。


「彼を殺したのは誰?」


「『太郎』だよ」


 彼女は応えた。

 彼女は、どのエリアが危険だとか、どのゴミ箱に食べ物が残っているだとか、ここ周辺のことはなんでも知っていた。


「『太郎』って?」


「あいつさ」


 彼女が視線を向けた先には、男の人がいた。子供だった。


 私はこの日から、太郎に恋をした。


 太郎のことばかりを考え、太郎のために生き、太郎のために呼吸を繰り返した。太郎のことを考えると、お腹の奥がうずうずした。「発情期だねえ」物知りの彼女は笑った。


 ああ太郎。私の愛しい人。あなたは私を絶望の淵から救ってくれた。あなたが「やまと」を殺してくれたから、私はいまとても幸せ。私はあなたを誰よりも愛している。


 私はなるべく太郎に近づこうとした。太郎を探して、あちこちを歩き回り、太郎の後を密かに追いかけた。そうしているうちに、太郎も私の存在を意識するようになった。私の顔を見ると、太郎も笑った。


「また死んだ」


 ある日、物知りの彼女がいった。


「『トマト』も気をつけて」


 いつの間には、私は仲間たちから「トマト」と呼ばれていた。それがどんな意味なのかは分からないが、名前を持つことは嬉しかった。


「物知りのあなた、『トマト』ってどういう意味なのかな?」


「さあ、知らないけど、たぶん食べ物の名前じゃない。『太郎』たちがあなたをそう呼んでるから、私も『トマト』って呼ぶ」


「ふうん」


 大して関心のないふりをしたけど、私は嬉しかった。太郎が私につけてくれた名前。『トマト』。まるで生まれたときから私は『トマト』だったような気さえした。


「『トマト』、『トマト』、『トマト』、太郎は『トマト』を愛してる♪」


 私は一人で歌っていた。


 次の日、駐車場のブロック塀を歩いていると、突然、私の体は宙にぶっ飛んだ。そのまま落下し、コンクリートの地面に叩きつけられる。骨が折れる鈍い音がした。痛い。痛い痛い痛い。見ると、お腹がえぐれていて、内臓が外に飛び出していた。私は必死に叫んで、手足を動かそうとする。そばに赤く染まった岩が転がっているのが見えた。


 痛い痛い痛いイタイ……。死ぬのかな、私。


 徐々に暗くなっていく視界。太郎と、その仲間たちの声が聞こえる。言葉は理解できないけど、楽しそうだった。


 太郎は岩を握って、私に近づく。彼はその岩で、私の頭をコンクリートに押し付け、すり潰した。私の意識はなくなった。








 ✳︎








「五点だな」


 俺の仲間が言った。


「当たったけど、一発で仕留められなかった。だからマイナス五点で、五点」


 小学校から帰る途中、俺たちはいつもゲームの点数を競い合っていた。『猫に石を投げて殺すゲーム』だ。


「あーあ、しょーもな。この前はうまくいったんだけどな」


 前に俺が殺した八番目の的やまとは一発で綺麗に死んだ。はじめての十点だった。

 今回の十番目の的とまとは何故か自分から俺に寄ってきてくれたから、もう少し狙いを定めてから投げればよかったと、俺は後悔した。


「次はお前の番だな。……待てよ、十一番目って、名前どうする? じゅういちまと? といちまと?」


「もう適当でいいんじゃね? とまと二号、とかさ」


「だよな」


『トマト』の死体を足で蹴って、駐車場の端に寄せながら、俺たちは笑い合っていた。

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トマト 空見ゐか @ikayaki_ikaga

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