第68話 エルダーオーガ
そこで一旦言葉を切って、渉は部屋の奥に目をやった。
そこには、さくらに致命傷を与えた魔物がいた。
オーガによく似た魔物だ。
だが、頭に生えている角が、通常のものよりも三本多い。
オーガの上位種なのだ。
「そこに邪魔者がいるんだよね」
「あれは……」
「あれは娘に致命傷を与えたオーガだ」
そこでつい、素の怒気がむき出しになり、渉は慌てて仮面を被る。
現在渉はオーガの上位種をシールドで挟み、動きを完全に封じている。
それを感情にまかせてうっかり潰してしまうところだった。
あれには、もっと有用な使い方がある。
だからそれまで、殺しはしない。
「いやあ、まさか協会本部にテンポラリーダンジョンが発生したばかりか、即座にスタンピードするなんて思ってもなかったよ。現役だった頃ならすぐに動けたんだろうけど、一線を退いたせいか、咄嗟の状況に体が付いてこなくてね。
もしここに天水くんが来なかったら、ぼくはさくらを失っていたかもしれない。さくらを助けてくれて、本当にありがとう」
「あ、頭を上げてください」
天水が慌てた素振りを見せた。
それは上位の者が頭を下げたことに対するものか、あるいは上位種がいる前で無防備な姿を晒したことに対するものか。
いずれかはわからないが、その対応を見て渉は、彼が悪い人間ではなさそうだと当たりを付けた。
「さて、ここからが本題だ。天水くん。あれを倒してくれないか」
「……」
「ぼくはまだ、気を失っているさくらを守るので精一杯だ。なるべくなら、動いて隙を見せたくない。君ならば、あのオーガを倒せるだろう? もちろん、それに見合う報酬は出そう」
理事としての命令。指名依頼だ。
それがわかっているからか、ソラは否定しない。
彼の顔には、対上位種オーガ戦への絶望も、無茶振りをした上司に対する怒りも、困惑も浮かんでいない。
ただ静かな目で、渉を見続けている。
ぞくり、渉の背筋が震えた。
(こちらの真意を探ろうとしているのか?)
やけに喉が渇く。
渉が唾を飲み込んだ時、まるで狙い澄ましたみたいに天水が口を開いた。
「報酬はなんでも良いんですか?」
「……もちろん。とはいえ、限度はあるけどね。百億欲しいとか、協会管理下の宝具が欲しいとか、ハーレムを作りたいとか、そういうものは残念ながら叶えてあげられないよ?」
「それは、大丈夫です」
決意の籠もる瞳で否定した。
どうやら彼の望みは、お金でも宝具でも女でもない何かのようだ。
その何かが、とても気になった。
だが今は、彼の希望を探る時ではない。
(まずは彼が、どれくらい戦えるか、だな)
「わかった。できる限り、君の要望には応えよう」
「ありがとうございます」
「それじゃあ、よろしくね」
渉はオーガを固定していたシールドを解除した。
次の瞬間、オーガが猛烈な勢いで突進してきた。
通常の冒険者なら目にも留まらぬ速度である。
だが、相手が悪すぎた。
――ガッ!!
突如オーガが激しい音を立てて、後ろに吹き飛んだ。
不可視のシールドに衝突したのだ。
現役を離れても、渉はSランクだ。
その警戒を、容易く抜けられるほど甘くはない。
スタンが解けると、オーガは素早く身を翻した。
ビルの壁を破壊して外に逃げようというのだ。
しかしそこにも、既にシールドが張られている。
再びオーガが地面を転がった。
「それじゃあ、あとは宜しくね」
完全に無防備になったオーガを見て、渉は笑みを浮かべながら天水へと処分の命令を下したのだった。
○
目の前にいるニンゲンは、とんでもない化物だった。
スタンピードしたゲートから出て来たエルダーオーガは、内心怯えきっていた。
初めは、ニンゲンの肉を引き裂いた感触に歓喜した。
しかしそれも束の間、エルダーオーガは身動きを完璧に封じられてしまった。
自らを封じた者は、とてつもない力を秘めた化物だった。
その姿を見た瞬間から、体が震えだした。
生物としての本能が、彼を怖れているのだ。
どう足掻いても太刀打ち出来ない。
それはわかっていたが、体から束縛が消えると同時に、エルダーオーガは男を殺すために自然と動いていた。
そこにしか活路はないと思った。
だが、その攻撃はあえなく弾かれた。
こちらの攻撃が一切通じないのなら、逃げるしかない。
だが、その考えすらも既に、彼にはお見通しだったようだ。
この建物から出られるすべての道が、目に見えない壁によって阻まれていた。
それと、もう一人。
男が感情のない瞳を、こちらに向けていた。
男は――悪魔だった。
間違いない。あれは人間の皮を被った悪魔だ。
あまりの恐ろしさに、どうにかなってしまいそうだった。
その時だった。
エルダーオーガは、唯一封鎖されていない逃げ道を発見した。
生存本能に突き動かされ、その中に逃げ込んだ。
――自分が出て来た、ゲートの中に。
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