第69話 恐ろしい相手

 理事直々の指令を受けて、ソラはボス討伐のためにダンジョンの中に足を踏み入れた。


 このダンジョンは、元々オーガたちが生息していたテンポラリーダンジョンだ。

 現在は既に、ほとんどもぬけの殻になってしまっている。

 すべてのオーガが外へとあふれ出したからだ。


 しかし、唯一ボスだけがダンジョンの中に引き返した。


「まさか、外に出た魔物が再度ダンジョンに引っ込むとは思ってなかったなあ」


 討伐指令が下された直後だった。

 ボスが様々な方向へ逃げようとした。

 その逃走は、見えない壁に阻まれあえなく失敗した。


「あの壁は、理事の魔法だろうな」


 最初にソラが春日さくらに近づいた時だった。

 ソラは頭部に激しい衝撃を受けて後退した。


 その衝撃は、理事の魔法に衝突したことで起こったのだ。

 VIT値がもう少し低ければ、昏倒していたかもしれない。それくらい硬い壁だった。


「しかし、考えれば考えるほどとんでもない魔法だな」


 理事が生み出す壁は、目に見えない。

 もしこれを戦闘中に使えば、一方的に魔物を討伐出来る。


 相手が攻撃してきたら、その前方に壁を張るだけで一定のダメージが与えられる。

 また目に見えないから、不意打ちも可能だ。

 途中までボスが一切動かなかったところから、束縛にも使えることがわかる。


「もしかして理事は、あのままボスをすりつぶせたんじゃないか……?」


 ならば何故、ソラは今理事直々の指名依頼を受けているのかが、わからない。

 あのまま倒してしまえばなんの憂いもなく事件が決着を見たはずだ。


「……まあ、いっか」


 ソラは一旦問題を棚上げした。

 馬鹿の考え休むに似たり。考えてもわからないことは、時間をかけて考えても仕方がないのだ。


 それよりも、指名依頼だ。

 今回、ソラは冒険者になって初めての指名依頼を受けた。

 それも、自分の望むものが貰えるという、とてつもない報酬が約束された指名依頼だ。


 こんなチャンスは滅多に訪れないだろう。

 ソラのやる気に火が付いた。


「すぐに終わらせて、理事にアレを強請ろう」


 丁度ソラには、欲しいものがあった。

 そう簡単には手に入れられないものだ。


 それが早くも手に入ると思うと、居ても立っても居られない。

 とはいえ、まずは対ボス戦だ。


 オーガ種は、人間と同様の動きをする。

 個体によって戦い方は様々で、中にはマスタリー系のスキル持ちと思われる難敵もいるという。


 今回の個体は、マスタリーを修得していると思ってかかった方が良いだろう。


 またオーガ種は体力が非常に高い。

 現在アビリティで力を強化しているが、これだけでは足りるかどうか……。


「あー、一撃で倒そうとしなきゃいいか」


 そこで、ソラは自分の思い違いを正す。


 これまでは、一刻も早く春日を救うためにアビリティを編成した。

 オーガを一撃で倒すための編成だ。


 しかし今は、そこまで切迫しているわけではない。

 とはいえ時間が有り余っているわけでもない。


「スタンピードしたダンジョンって、いつ消えるんだろう?」


 いつ消えるか分からない。もし今消えたらと思うと、空恐ろしい。

 なるべく早く倒すに越したことはないが、ボスを一撃で倒せないならば、アドバンテージを握り続けられるアビリティ編成にするべきだ。


 ステータスボードを開き、アビリティを調整する。


「おっ、レベルも上がってるな。折角だしSPを振っておくか」


名前:天水 ソラ

Lv:55→57 ランク:B

SP:10→0 職業:シャドウルーラー

STR:120 VIT:120

AGI:124→134 MAG:0 SEN:105

アビリティ:【上級二刀流術】【弱点看破】【危機察知】【弱体攻撃】【一撃必殺】【不意打ち】【回避】+

スキル:【完全ドロップ】【限界突破】【インベントリ】【隠密】【気配察知】【生命吸収】


 AGI値を上げて、相手の速度に最低限負けないよう。

 それに加え、今回は相手が相手だ。久しぶりに、ある戦い方の封印を解いて挑む。


 Aランクにも匹敵するだろう、オーガのボスとの一戦へ。

 ソラは、ダンジョンの奥に向かって歩き出した。




          ○



「――ッ!?」


 なにか、気配を感じた気がして、エルダーオーガは後ろを振り返る。

 しかしそこには誰もいない。


 まさか、あの化物が、悪魔が、追って来たのかと思ったが……。

 姿が見えず、ほっと胸をなで下ろした。


 ――その時だった。


「――ガッ!?」


 二の腕を激しい痛みが襲った。

 慌ててバックステップ。

 周囲を警戒しながら、腕を見る。


「……!?」


 二の腕に、鋭利な刃物で切り裂かれたような傷が入っていた。

 再度、辺りを警戒する。しかし誰もいない。

 腕を切るようななにかも、ない。


 ダメージを受けた原因が、まるで想像出来なかった。


(な、なんなんだ?)


 こめかみを、冷たい汗が流れ落ちる。

 ふと、布ずれのような音が聞こえた。

 ――後ろからだ!


「――ッ!」


 即座に振り返る。

 その瞬間、


「グッ!!」


 右のふくらはぎが切り裂かれた。

 そんな馬鹿な!

 エルダーオーガは酷く混乱した。


 わけがわからない。


 自分の目には何も見えない。

 誰もいないはずなのに、何故か一方的にダメージを負っている。


 しかし、気配が完全にないわけではない。

 誰かが通った、気配の余波(なごり)を感じる。


(誰もいないわけじゃない)


 そう判断すると、素早く身を固めた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る