第67話 命はつなぎ止められた

「君は誰?」

「あ……天水ソラ、です」

「……ん、ああ、君が天水くんか。それで今、何をしようとした?」

「――ッ! そうだ、回復薬を!」


 先ほど取り出した回復薬は、頭部に衝撃を受けた時に落として割れてしまった。

 再度、ソラはインベントリから回復薬を取り出す。


「それは?」

「回復薬です。すぐに、春日さんを回復させないとッ!」


 医療に詳しくないソラが見ても、春日の怪我は致命的だった。

 血を流しすぎている。

 手持ちの回復薬で治るかどうか……。

 しかしそれでも、何もやらないよりはマシだ。


 ソラは急ぎ、春日に回復薬を使用した。

 一本目は外傷にかける。じわじわと肉が盛り上がり、みるみるうちに傷口が修復されていく。

 念のためにもう一本、傷口にふりかけた。

 三本目は、春日の口に注いだ。

 外傷は治せているが、それだけでは内臓系のダメージを治せない可能性があったからだ。


 三本目の回復薬を使い追えると、春日の顔に少しずつ血の気が戻って来た。


「……ふぅ」


 どうやら、命の危機は脱したようだ。

 ソラは胸をなで下ろした。


「さて、天水くん。君が使ったその液体はなんなのかな?」

「……回復薬です」

「なるほど。さくらの顔色が良くなったのはだからか。一応、命の危機は脱したと見て良いかな」

「おそらく、そうだと思います」


 そこで、ソラは顔を上げた。

 いま、目の前で自分に話しかけている人物を、初めて直視する。


 見た目は四十代前後の、どこにでもいそうな優男だ。

 しかし、その見た目に騙されてはいけない。


(……この人、とんでもなく強い!)


 その男は、恐ろしく強大な力をその身に宿していた。

 それはソラ自身、初めて目の当たりにするレベルの力だ。


 あまりに強い気配に、肌がひりつく。


 彼が誰なのか?

 その答えは、考えるまでもなく想像が付く。


 冒険者協会の最上階にいる、冒険者として最高ランクの力を持つ男性など、この日本で一人しか該当しない。


「……冒険者協会の、理事?」

「正解。初めまして、春日渉だ。よろしくね、天水くん」


 渉に名前を呼ばれた瞬間、冷たいものがソラの背中を這いずったのだった。



          ○




 突然目の前に現われた青年は、瞬く間に瀕死だったさくらの様態を治してしまった。

 その光景に渉は内心、驚愕しきりだった。


(ぼくのシールドにぶつかっても大けがをしてないし、すぐに起き上がって行動してる。天水ソラ……想像していた以上の逸材だな)


 春日渉は理事職に就く前は、バリバリのSランク冒険者だった。

 渉の名を一躍全国に知らしめたのは、シールド――《不可視の間隙(インビジブルクラスタ)》という能力だった。


 目に見えない不可視の塊を出現させる、強化(バフ)系の魔法だ。

 この魔法は渉の意思により、攻撃にも防御にも用いることが出来る。


 理事職に就いた今も、その能力は衰えを知らない。

 そのシールドに頭を打ち付けても、昏倒(スタン)すらしないとは思いも寄らなかった。


 また彼が取り出した液体は、渉が見る限りダンジョン産の回復薬だった。

 それも、彼は全部で四本も持っていたではないか!


 ダンジョン産のアイテムは、なかなか手に入るものではない。

 一年中ダンジョンを巡りボスを倒し続けて、一度か二度ドロップする程度だ。

 そのため、ダンジョン産のアイテムは恐ろしく値が張る。


 それを彼は、四本も常備していたのだ。

 地力でドロップさせたものか、あるいは購入したものか。いずれかは不明だが、さくらの怪我を見て彼は、その貴重品を惜しげも無く使用した。


 もし渉ならばまず一本使用して、それで駄目ならもう一本と様子を見ながら使っていく。

 値段が高すぎるから、どうしても躊躇してしまう。

 だが彼にはその躊躇がなかった。


(彼は何者なんだ?)


 娘が危機を脱したことで、渉は心底安堵した。

 だが理事という肩書きは、現状を素直に喜ばせてはくれなかった。


 ただのお人好し? 実力を隠した冒険者? 犯罪者? 他国のスパイ?

 それとも――新たなSランクの芽(さいのう)を持つ者か?


 渉の脳が恐るべき速度で回転する。

 様々な可能性を考慮して、目の前の青年を分析する。


 一見すれば、どこにでも居そうな二十代前半の男だ。

 だが体に秘められた力は――驚くべきことに、十数年冒険者を続けSランクに至った渉に迫るレベルではないか!


『炎陽の剣』が漏らした事前情報から、天水は相当の実力者だと想定していた。

 だがまさか、これほどとは……。


(何故これほどの実力者が、いままで誰の目にも触れなかったんだ?)


 強い冒険者がダンジョンで活動していれば、必ず誰かの目に留まる。

 たとえば辻ヒーラーや辻バッファー。たとえば臨時で組んだパーティメンバー。

 普通に冒険を行えば、必ず他の冒険者との接点が生まれる。そこから噂が広まっていく。


 しかし、天水にはこれといった噂が立っていなかった。

 冒険者協会で行った鑑定も、Dランクで止まったままだ。


(一度、その実力を探ってみるか)


 そうと決めると、渉はいつも通りのスマイルを浮かべた。

 その笑顔で、真意を包み隠していく。


「天水くん、娘を助けてくれてありがとう」

「はい……えっ、娘ッ!?」


 渉の言葉で天水が目を剥いた。

 どうやら彼は、さくらが渉の娘であることに気付いていなかったようだ。


(ショックだなあ。目元が似てるってよく言われるのに……)


 内心落胆しつつも、渉は口を開く。


「さて、天水君。改めて自己紹介をさせて欲しい。ぼくは春日渉。冒険者協会の理事を務めている。本来ならばゆっくりお茶でもしながら、君と話をしたいところなんだけどね――」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る