第66話 最上階のとある部屋に
おそらく黒い男が、赤い剣で攻撃を仕掛けただろうことだけはわかる。
だがオーガの首が切り落とされた攻撃を、全く目で捉えられなかった。
(俺は、Bランクだぞっ!?)
Bランクの冒険者は、全体のほんの一握りだ。
上位組といっても過言ではない。
その自分の目でさえ、攻撃が捉えられないとは……。
(実力者、なのか? しかし顔に見覚えはないが……)
強い冒険者は、大体知っている。
Bランクともなれば、自分より弱い奴より、強い奴を数える方が早い。
だから大抵の強者は、顔と名前が一致する程度に勉強していた。
しかしリーダーは、この場に現われた男の顔をまるで知らなかった。
(まさかB以下か? となると、いまの攻撃はスキルか?)
風魔法、鉄線、ダンジョンアイテム。
攻撃動作をせずとも、魔物を倒す方法はいくつもある。
その中から、可能性が高いものを考えた。
しかし漆黒の牙は、誰一人として想像していなかった。
この男が純粋に、小剣でオーガの首を切り落としたことを……。
○
「さっきのパーティ、大丈夫だったかな……」
階段を上りながら、ソラは軽く後ろを振り返った。
先ほどソラは、オーガに抑え込まれそうになっていたパーティを救った。
陣形が崩れて危険だったため、先にアタックを仕掛けていたオーガを横からかっ攫う――通称『横殴り』、『横』などと呼ばれるマナー違反行為をしてしまった。
慌てて頭を下げたが、相手からは反応がなかった。
「やっぱり、怒ってるかなぁ」
後から文句を言われるんじゃないかと不安だ。
逃げるようにその場を離れる時も、パーティメンバーは誰一人反応を見せなかった。
「嫌われたか……」
ソラはがくっと肩を落とした。
そのパーティ以外にも途中途中で職員を助けながら、ソラは協会本部の1階から3階までを隈無く回った。
「春日さんが職員になったのは最近だ。立場的に、平職員のはず。平職員の行ける場所は大体見たんだけど、見付からないな……」
平職員がいるであろうフロアはすべて確認した。
だが、春日の姿は見つからない。
どこかで見落としたかと思い、【気配察知】に意識を集中させる。
しかし、見落としはない。
現在一階から三階までで、生きている者はソラと、オーガと戦っていたパーティ1つのみだ。
本部は全十階建てだ。
スタンピードの大元であるゲートの気配は、十階付近にある
「見つからないなら……先に大元を叩くか」
ソラが捉えた気配の中に、積極的に動いている者が一名と、ほとんど動いていない者が二人いた。
積極的に動いている方は、この建物の中で最も強いマナを放っている。
そのマナは、【気配察知】を使わなくても感じる程だ。
「これが、Sランクか」
現在のソラですら、足下にも及ばないレベルの気配だ。
接近したオーガの気配が一瞬で消えていく。その気配の持ち主にとって、Bランクの魔物などなんの障害にもならないのだ。
その人物は、殲滅速度こそ遅いが、着実に魔物を減らしている。
活動範囲は五階。
この周辺は、この者だけに任せれば十分だ。
それとは別に、最上階に気配が二つ。
こちらは突入時からほとんど動いていない。
片方が弱々しく、もう片方は5階にいる人物と同様に強い気配を宿していた。
「……一気に十階に行くか」
ソラは、その者達はもしかすると、動きたくても動けない状況にあるのではないか? と考えた。
また十階にはゲートもある。
春日のことは気になるが、こちらを優先しても損はないはずだ。
そうと決めると、ソラは階段を全力で上る。
数段飛ばしなどではなく、壁や地面を蹴って、浮かび上がるように上っていった。
十階に到達したソラは、動かない気配二人の居場所まで移動。
破壊された扉を急ぎ抜ける。
そこでソラの動きが止まった。
「春日、さん……」
腹部から血を流して倒れる、春日の姿が目に入った。
即座に、ソラは動いた。
ツールポシェットから回復薬を取り出し、春日に近づく。
その時だった。
――ガツン!!
前頭部に激しい衝撃を受けた。
(何ッ!?)
常時、ソラは不意打ちを警戒していたはずだった。
だが、頭に衝撃を受けるまでまるで気付かなかった。
今も、何が起こったのかさっぱりわからない。
ソラは即座にバックステップ。
剣を構えて辺りを見回した。
「……ん、あれ?」
周囲には、魔物はいなかった。
床に倒れた春日と、もう一人、男性がいるだけだ。
男が、ソラを見た。
その瞬間、まるで心臓を鷲づかみにされたような威圧を感じた。
「――ッ!?」
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