第51話 遭難パーティ、炎陽の剣

 パーティリーダーの碓氷陽平は、疲弊したメンバーを見て、頭を抱えていた。


 Dランクのテンポラリーダンジョンに入ってから、今日で六日目だ。

 平原を彷徨い、魔物の襲撃を退け続けてきたが、もうそろそろ限界である。


「まさか、変異ダンジョンなんかに当たるとは……」


 もう何度口にしたかわからないが、そう愚痴をこぼさずにはいられなかった。


 碓氷のパーティは、全員がDランクの中堅冒険者だ。

 そのため、Cランクの魔物が相手であっても、誰も死人を出さずに退けられていた。


 しかし、飢えと渇きは、どう足掻いても退けられない。


 初めの頃は、バックパックにあった非常食と水で凌げていた。

 しかし、それももう尽きてしまった。


 食糧がない、水がない。ダンジョンの出口も見付からない。

 魔物は格上のCランク。

 もはや、絶望だ。


(このまま、自分たちはじわじわ死んでいくんだろうか)


 死を強烈に意識して、碓氷はぶるりと震えた。

 しかしそんな弱い自分を、メンバーに見せるわけにはいかない。


(自分がしっかりしないと……)


 メンバーの命を預かっている以上、自分が真っ先に諦めてはいけない。

 そう、弱い自分を鼓舞し続ける。


 ふと、近くの茂みが、ガサッと動いた。


「「「――ッ!?」」」


 パーティメンバー全員が、一斉に茂みを見た。

 碓氷はすぐに臨戦態勢を取る。

 だが、他のメンバーは立ち上がることさえなかった。


 皆、目が落ちくぼんでいる。

 唇もガサガサだ。

 もう、限界なのだ。


(これが、最後になるのか?)


 自分の冒険者人生を振り返りながら、碓氷は剣の柄に手を掛けた。

 その時だった。


「し、失礼します。敵じゃないです」


 茂みの向こうから、男性が姿を現した。

 顔は、見たことがない。


「……誰だ?」

「冒険者の、天水といいます」

「それで、なんで天水さんがここに? このダンジョンの攻略権は、俺たちにあるはずだが」


 碓氷の物言いに、パーティメンバーがぎょっとして目を向けた。

 助けに来たかもしれない冒険者に対して、なんてことを言うんだと抗議しているのだ。


 この冒険者が現われた時、碓氷の頭には『救援』の二文字が浮かんだ。

 ほっとしたのは事実だ。


 だが、それとこれは別問題だ。

 冒険者が持つ、テンポラリーダンジョン攻略権は絶対だ。

 これを破る者は犯罪者だ。

 なにをされるか、わかったものではない。


 警戒する碓氷に、天水は堂々とした様子で口を開いた。


「ダンジョンの攻略権ですが、冒険者協会によって失効しています」

「冒険者協会が?」

「はい。詳しくは外に出てから確認してください」

「外に出られるの!?」


 メンバーの一人が歓喜の声を上げた。

 しかしすぐに、口を押えて縮こまる。


 いまはまだダンジョンの中だ。

 そして、そこら中にCランクの魔物が徘徊している。

 軽々に大声を出して良い状況ではない。


「大変申し訳ありませんが、まだ外には出られません」

「えっ……?」


 喜んだのも束の間、天水のその言葉で碓氷たちはまたどん底まで落下した。

 メンバーが、天水を呪い殺すかのような形相を浮かべている。


「僕もまだゲートがどこにあるかわかりませんから。外に出るだけなら、このダンジョンがスタンピードするまで待つほうが早いかもしれません」

「そんな……」


 碓氷の口から、絶望が漏れた。

 がくっと膝が折れ、倒れ込みそうになる。

 ふと、天水が真剣な顔をした。


「一つ、約束して頂きたいんですが」

「……なんですか?」

「ここで見たことを、絶対に口外しないと約束してください」


 彼は一体なにを言っているんだ?

 訳が分からず、碓氷はメンバーを見た。

 メンバーが首を振る。何を言いたいのか察した者はいないようだ。


「天水さんが何をするのかは分からないが……。口外しないと約束しよう。みんな、いいか?」

「……そいつのこと、信じていいの?」

「信じるしかないだろ」


 状況は八方塞がりだ。

 碓氷たちに出来ることはない。

 命が惜しいなら、たとえ天水が藁だとしても縋るしかないのだ。


「いいな?」

「はい」


 碓氷が念をおすと、メンバーは渋々といった様子で頷いた。


 天水が『見たことを口外するな』と言う理由に、碓氷はなんとなく察しが付いていた。


 スキルや情報は、冒険者として食べていくための強力な武器だ。

 だから冒険者は、パーティメンバー以外にはそうそう手札を明かさない。


 おそらく彼は今回、何かしらの特別なスキルを披露してくれるのだ。


 そのスキルが、自分達を救うことを願って。

 碓氷は天水の目をじっと見つめて、頷いた。


「ありがとうございます。それじゃあ、皆さんこちらをどうぞ」


 そう言って、天水が何もない空間から、コンビニのものと思しき水や食糧を次々と取り出した。


「えっ!?」

「うそっ」

「異空庫!?」


 何もないところからアイテムを取り出す様は、異空庫と呼ぶに相応しい現象だった。

 なるほど、だから約束をさせたのか。碓氷は天水の申し出に納得した。


 異空庫は、様々なクランが喉から手が出るほど欲しがるスキルだ。

 これ一つに、ビル一棟分の金を出せるクランもあるだろう。

 非常に優秀で、有用で、貴重なスキルだ。


 初めは異空庫に驚いた碓氷たちだったが、すぐに気持ちは食べ物へと移り変わった。


 いまはとても、お腹が減っている。

 それを届けてくれただけでも非常に有り難かった。


 メンバーは最低限の理性を保ちつつも、天水が出した食糧に殺到した。

 碓氷も、久しぶりの食糧と水にありつけた。


 食べ物はコンビニおにぎりだったけれど、とにかくこの上なく美味しく感じた。


「空腹は最高の調味料っていうけど」

「まさにその通りだな……」


 みんな、涙を流しながら食べ物を口に運んでいた。

 おにぎりを食べ終えて、ひと息つくと、碓氷の脳裡にふとした疑問が湧き上がった。


「ところで天水さん。パーティメンバーはどこに?」

「一人ですよ」

「……へっ?」

「ここには、一人で来ました」

「…………ハァッ!?」


 碓氷を襲った驚愕は、目の前で異空庫を使ったとき以上のものだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る