第36話 残されたメンバーの葛藤

 タイミングは完璧。

 リッチーには、逃げる暇さえなかった。


 ソラが用いたのは、怨嗟の炎剣。

 一日一回火炎魔法が使用出来る武器だ。


 7まで精錬したためか、剣先から放出された火炎魔法は、精錬前とは比較にならないほどのサイズになっていた。

 また、体に感じる余波も相当だ。


 炎に吞まれたリッチーが、僅かに前進する。

 ソラをくびり殺さんと、前に手を伸ばした。


「往生際が悪いぞ」


 そのリッチーの胸の石を、ソラは剣を叩きつけた。


 ――パキッ。


 石が割れる、乾いた音が響き渡った。

 どうやら胸の石だけは、物理攻撃を無効化できないようだ。


 次の瞬間だった。リッチーが音もなく崩れ落ちたのだった。


〉〉ランクが上限突破

〉〉レベルアップしました

〉〉レベルアップしました

………………

…………

……



          ○



 リッチーを倒した後、ソラは今回の戦いを生き延びた者と共にダンジョンを出た。

 生き残っていたのは、春日と稔田の二人だけだった。


 二人とも歩くのがやっとで、外に出るまでにかなりの時間がかかってしまった。

 そのため、命を落とした冒険者の遺体を、外に運ぶ時間がなかった。

 全力でダンジョンを駆け回って、回収出来たのは遺髪だけ……。


「天水さん、今日は本当にありがとうございました」

「いえ」


 暗い雰囲気の中、春日が深々と頭を下げた。


 恩人を救うことが出来て良かった。

 だが彼女の心を慮ると、安堵を表に出すわけにはいかない。


 ソラは鞄から魔石と武具を取り出し、春日に握らせた。

 それはリッチーからドロップした魔石だ。


 インベントリに収納されていたのを、こっそりツールポシェットに忍ばせていた。


(今回は誤魔化せたけど、次からは気をつけないと)


 パーティに加わったとき、自動回収がオンだと魔石がインベントリに回収されてしまう。

 それではパーティのドロップをくすねているみたいで、具合が悪い。

 なので今後パーティに加わる時は、自動取得モードを切っておこうと心に誓った。


「……あの、天水さん」

「はい」

「このアイテムですけど、天水さんが使ってください」

「えっ、いや、でも――」

「いいんです。私たちは、命を助けて貰えただけでも十分ですから」

「ああ、春日の言う通りだ」


 春日の言葉に、稔田が同調した。

 彼は先ほどまで動くことさえ出来なかった程の重傷を負っていた。

 春日にヒールをかけてもらって、今やっと動けるようになったようだ。


「オレたちは、魔石だけあれば良い。他のドロップは全部貰ってくれ」

「……本当に、いいんですか?」

「ああ。『突破石』、使ったんだろ? その埋め合わせにでもしてくれ」

「…………」


 突破石を使ったことが、バレてしまっていた。

 無理もない。変異ダンジョンに後から入るには、これがなければ無理だからだ。


 しかし、自前のアイテムとまでは考えなかったようだ。

 騙しているみたいで悪いと思ったが、稔田や春日は武具を受け取る様子がない。


(仕方ない……)


 ソラは差しだしたアイテムを、再びバッグの中に収納した。


「……それじゃあ、僕はこれで」

「あっ、天水さん」


 春日が引き留めるように名を呼んだが、ソラは構わず踵を返した。

 これから彼女たちには、大変な仕事が待っている。


 パーティメンバーの遺族に、仲間の死を伝えねばならないのだ。

 辛い仕事だ。

 想像すると、胸が苦しくなる。


 ここからは、ソラに出来ることはなにもない。

 居ても、邪魔になるだけだ。

 だから早々に、その場を立ち去ったのだった。




          ○


「お嬢、いいんですか? 追いかけなくて」


 天水を見送った後、稔田がそう切りだしてきた。

 しかし、春日は首を振る。


「……はい。今はそれどころじゃありませんからね」


 実際、このあとやらなければならないことが、山ほどあった。

 メンバーの遺族に、最後の状況を説明しなきゃいけないし、遺髪だって手渡さなければならない。


 心が苦しくなる作業の連続だ。

 今は天水を追っている場合じゃない。


 Dランクのテンポラリーダンジョンに挑んで、パーティが壊滅するなど、挑む前には想像もしていなかった事態だ。


「一応、お嬢の親にも伝えた方が良い」

「……そう、ですね。気は進みませんけど」


 はあ、と春日はため息をついた。

 年頃の女性である春日が冒険者として活動出来ているのは、父親の理解があってこそだ。


(もし父が、私のパーティが壊滅したことを知ったらなんと思うかな……)


 考えると、重たい気持ちがさらに重くなる。

 おまけに今日は、父に頼みたいこともあった。


「私の頼み、聞いて貰えるかなあ……」

「今後の冒険についてか? それなら大丈夫じゃないか。冒険者協会の理事だし、理解はしてくれるだろう」

「ええ、まあ、そうですね」


 頼みとは、冒険についてではないのだが……。

 春日は曖昧に頷いた。


 稔田が言った通り、春日の父は冒険者協会の理事職に就いている。

 彼が『お嬢』と呼ぶのも、そのせいである。


 さておき、まずは後処理だ。

 ランク差別を行うお店への処遇については、その後で申し入れよう。


 ため息を漏らしながら、春日は荷物を纏めるのだった。

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