第17話 ブラックハウンド戦

 思わず悪態が口から漏れそうになる。

 それをぐっと堪えて、ソラはダンジョンに入り込んだ。


 テンポラリーダンジョンに入るのはこれが初めてだ。

 中は固定ダンジョンと同じ見栄えの洞窟風だ。

 外からの光はゲートに遮断されている。

 だがダンジョンの壁や天井が薄く光っているため、視覚が奪われるほど暗くはない。


(へえ、こんな感じなんだ)


 ソラは辺りを観察しながら二人を待つ。

 だが二人はなかなか現われない。


 ソラが報告するまで中に入らないつもりか?


(もし僕がダンジョンを一人でクリアしたらどう思うかな?)


 二人の顔を想像すると、少しだけ溜飲が下がった。

 仕方がないので、ソラは出入り口から顔を出す。


「うおっ、生きてやがったか」

「なんだよ、死んだかと思ってたぜ」

「……中は安全ですよ」


 顔を出した瞬間、まるで幽霊を見たかのような二人の顔に、思わず吹き出してしまいそうになった。

 ソラに対しては威丈高だが、かなりの小心者のようだ。


 全員がダンジョンに入ると、加藤と安田がそれぞれの武器を抜いた。

 加藤が両手剣、安田が長剣に盾だ。

 

 対してソラは素手のまま。

 どうせ武具を装備したって、奪おうとするに決まっている。

 だから彼らの前では二度と、自前の武具を見せるつもりはない。


 タタッ、タタッ、タタッ、タタッ。

 しばらく進むと、ダンジョンの奥から軽めの足音が聞こえてきた。


 ソラは即座に戦闘態勢を取る。

 加藤と安田は、まだ足音に気付いていない。暢気に世間話をしている。


「前から魔物が来てますよ」

「なにっ!?」

「もっと早く言えよこのクズ!」


 ソラが注意を促して、やっと二人も剣を構えた。

 その時、ダンジョンの奥、暗がりの向こうから、猛烈なスピードで二体の魔物が現われた。


「げっ、ブラックハウンド!」

「なんであんなのがここに!?」


 二人が怯えた声を上げる。

 ブラックハウンドは、Eランクの中でも特に強い魔物である。

 一体なら、二人で安全に討伐出来ただろう。だが二体となると、完封は怪しい。


「……おい」

「……ああ」


 魔物が迫る中、二人が視線を合わせた。

 そうして濁った瞳で、ソラを見る。


「悪かったな天水」

「オレらのために犠牲になってくれ」

「……はっ? 一体――」


 彼らの発言を問うより早く、二人がソラを強烈な足蹴りで突き飛ばした。

 その力に耐えきれず、ソラは五メートルほど前につんのめって止まった。


「なにするんですか!?」

「わりぃな。さすがにアレと戦ったら怪我しちまうからよ。このダンジョンは諦めるわ」

「もっと簡単なダンジョンだと思ってたんだけどなあ、くそっ! 権利買って損した!」


 最低な奴らだ。


 彼らは一切損はしていない。

 損をしたのはソラだけだ。

 おまけに今も、損をし続けている。


 言い返そうと思うが、魔物は既に目と鼻の先だ。

 二人に言い返す余裕はない。


「じゃあな。俺らは降りるけど、クリアしたければしてもいいぜ」

「どうせ出来ないだろうけどよ」

「「ハハハハハ!!」」


 笑声を上げながら、加藤と安田が遠ざかっていった。


 二人の気配が完全に離れたのを確認し、ソラは「ふぅ」と熱くなった息を吐き出した。

 同時にインベントリから武具を取り出し装着する。


「君たちには悪いけど――」


 ソラは短剣を抜いて、構えた。

 胸の中のドロドロとした気持ちを、一気に吐き出した。


「八つ当たりさせてもらう」


 ソラの殺気に、ハウンドが僅かに怯えた。

 その隙を見逃さず、ソラは一気に前へ。

 ハウンドの腹部を蹴り上げて飛ばす。


 もう一方が噛みつき攻撃。

 それを小手でガード。

 眼球目がけて短剣を突き出した。


「ヒャイン――!!」


 ハウンドが甲高い声を上げた。

 一度ビクンと大きく動くも、すぐに体から力が抜けた。


 ハウンドの死体を力任せに振り払い、反転。

 突き飛ばされた方のハウンドが、いままさにソラの喉笛を噛み千切ろうとしていた。

 咄嗟に頭を下げる。

 ハウンドが頭上を通過。

 瞬間、


「ガッ!!」


 無防備なハウンドの腹部に短剣を突き立てた。

 とびかかった勢いのせいで、短剣が突き刺された腹部が大きく裂けた。


 がばっと内臓があふれ出す。

 腹を開かれたハウンドは、白目を向いて頭から地面に落下したのだった。


 二体目のハウンドの絶命を確認し、ソラは残心を解いた。


「はあ……。少し感情的になりすぎちゃった」


 とんでもない二人のせいで、頭に血が上っていた。

 今回戦ったのは、Eランクの通常モンスターだったからよかったが、これがボスなら危なかった。


 戦闘で冷静さを欠けば、かならず致命的なミスを犯す。

 ソラは短く自分を戒め、短剣を鞘に収めた。


「それにしても、すごい威力」


 ブラックハウンドを切り裂いたとき、ほとんど手応えを感じなかった。

 さすがは精錬度5。斬れ味が凄まじい。

 これならば、ブラックハウンドも余裕で退けられる。


「さて……、これからどうしよう」


 逃げ出す前、加藤と安田はこのダンジョンの権利をソラに譲るようなことを口にしていた。

 しかし、権利の譲渡を受けたわけではない。

 権利は冒険者協会が管理しいる。

 システムを利用しなければ、権利は譲渡出来ない。

 つまり、口約束は無効なのだ。


 本音ではクリアを目指したい。しかしダンジョンを出た二人が、別の冒険者に権利を売っていたら問題だ。

 最悪、ソラは法を破ってダンジョンをクリアしたことになり、逮捕されかねない。


「はあ……仕方ない、戻るか」


 くたびれ儲けだ。

 とはいえ、魔物二体分の魔石は手に入れた。

 また、現在のソラの力がEランクのブラックハウンドに通用することがわかった。


 得られるものはあったから、完全な無駄ではなかった。

 そう言い聞かせて、ソラは出口へと引き返すのだった。




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げっへっへ。Eランクの旦那2人、それはフラグですぜ。


次回、フラグ回収!

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