第16話 因縁の相手
ボス部屋のゲートを抜けると、ダンジョンの入り口だった。
「へえ、本当にダンジョンの外に繋がってるんだ」
低級ダンジョンの攻略情報については、ほとんどがネットで共有されている。ボス部屋の仕様もそうだ。ゲートを抜けると外に出ることは、ソラも事前に知っていた。
しかし、話で聞くのと実際に目で見るのは大きく違う。
百分は一見にしかずというが、本当にそうなのだとソラは実感する。
外に出た途端に、ソラ目がけて辻ヒールが飛んで来た。
ゴブリンキング戦で負った打撲が癒えていく。
(ありがとうございます)
辻ヒールを打ったヒーラーに会釈をする。
まずは手にした魔石を売却だ。
ソラが買取店に向かおうとした時だった。
「おう天水じゃねぇか。ちょっとツラ貸せよ」
耳障りな声に、背筋がぞっとした。
振り返ると、ソラから長剣を奪った時と昨日と同じ顔が二つ。
顔面に嫌な笑みを貼付けて、にちゃにちゃとガムを噛む。
Eランク冒険者の、加藤と安田だ。
「……」
「何睨んでんだよ。ほらさっさと歩け」
「うっ!」
後ろから蹴り飛ばされてつんのめる。
痛みはさほど感じない。ステータスが上がったおかげだ。
(なんでこいつらがここに……?)
「よお。お前の長剣、良い値段になってよ」
「あ、あれを売ったの!?」
「おい、格上の冒険者にはちゃんと敬語を使えよFラン!」
「ぐっ」
ガン、と肩を殴られた。相変わらず、手加減がない。
いまのソラでなければ、下手をすれば脱臼していただろう。それほど強い衝撃だった。
「その金でよ、テンポラリーダンジョンE(Eテンポ)の権利を買ったんだよ」
「お前の長剣のおかげで買えたようなもんだからな。優しい俺様たちは、お前にお礼しに来てやったんだよ」
「お礼……?」
「ああ、Eテンポに連れてってやるよ」
ありがたいだろ? そう言わんばかりに、加藤がソラの目をのぞき込んだ。
彼らがテンポラリーダンジョンの攻略権を購入したお金は、ソラの長剣だった。にも拘わらず、恩に着せるような口ぶり。
きっと彼らは、Fランクの冒険者には、なにをしても許されると思っているのだ。
ソラは拳を握りしめる。
この場で加藤と安田の顔を殴り飛ばしたい。
だが、ここには衆目がある。事情を知らぬ者が、加藤と安田を殴るソラをどう思うか?
たとえどんなに自分が悪くなくとも、安直な行動はマイナスにしか繋がらない。
ソラはぐっと、衝動を抑え込む。
「ほら、Eテンポに行くぞ」
「さっさと攻略しねぇと、スタンピードを起こすかもしれねぇしな」
よほどテンポラリーダンジョンを攻略出来ることが嬉しいのか、加藤と安田の足取りが軽い。
それもそのはず、仮出現ダンジョンは、ドロップする魔石の質が高い。またボスドロップ率も若干高く、レアなアイテムが出やすい。
同ランクの固定ダンジョンよりも、稼げるダンジョンなのだ。
とはいえ攻略するとダンジョンが消滅するため、勝手にダンジョンに突入することは禁止されている。
権利を持つ者だけが、テンポラリーダンジョンを攻略出来るのだ。
権利は冒険者協会が管理、販売している。
需要が低いものは低価格で購入出来るが、需要が高い都市部などのダンジョンは入札制が基本だ。
良いアイテムがドロップしなければ、落札価格を下回って赤字になるほどだ。
何事も、簡単に大金が稼げるおいしい話はないのだ。
また仮出現ダンジョンは一定時間経つと、スタンピードを引き起こす。ダンジョン内部に生息する魔物が、一斉に外側に向かって飛び出してくるのだ。
十年ほど前までは、スタンピードでの被害が甚大だった。
仮出現ダンジョンを察知するシステムが完成してからは、スタンピードをほとんど押さえ込めている。
スタンピードしても(以前より強い冒険者が増加したため)、被害が少なく済んでいる。
加藤と安田に引きずられてやってきたのは、三鷹台のとある空き地だった。
そこに、テンポラリーダンジョンの入り口があった。
入り口はまるで、空間に空いた穴のように存在していた。
僅かに、異質な雰囲気を感じる。
穴の中に生息する魔物の気配だ。
(これが、Eランク?)
ソラは僅かに眉根を寄せる。
感じる雰囲気は、とてもEランクとは思えなかった。
とはいえ、Eランクの中でも強い弱いは存在する。
ステータスボードに則って言うと、レベルの違いだ。
同じEランクでも、レベル10とレベル20では、力に相当な開きが生まれるはずだ。
(たぶん、Eランクでも上位のダンジョンなんじゃ……)
それを知ってか知らずか、加藤と安田は顔に笑みを浮かべている。
「これで俺も億万長者だ!」
「ほら天水、いくぜ」
いや、彼らはこのダンジョンから感じられる強い気配に、気付いてさえいないのだ。
ニタニタした顔をして、安田が肩に腕を回してきた。ソラが逃げられないように抑え込んでいるのだ。
そもそも、彼らにとってソラはただのFラン冒険者だ。
Eランクのダンジョンでは役立たずであることくらいわかっているはず。
にも拘わらず、何故ダンジョンに連れていこうとしているのか?
(……餌にするつもりか)
彼らの魂胆が想像出来たソラは、思わず顔が歪んだ。
彼らはソラが魔物に攻撃されている間に、魔物を削って行く作戦なのだろう。
きっと魔物が現われれば、ソラの背中を思い切り突き飛ばすはずだ。
最低だ。反吐が出る。
ソラには彼らに従う義理はない。
だがこのダンジョンは、ソラの長剣を売って購入したものだ。
このダンジョンを攻略する権利は、自分にこそあるはずだ。
だからソラは彼らを拒否するのではなく、指示に従うことを選んだ。
ここで拒否すれば、ダンジョンに入ることさえ出来なくなる。
加藤と安田が、ダンジョンの前でソラを引きよせた。
次の瞬間、
「ちょっと中を見てこいよ」
「ほらっ」
二人がソラを強く押したのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます