第18話 因果応報

 ソラを囮にして逃げ出した加藤と安田は、出入り口に通じるゲートに向かって走っていた。


「Eランクだから買ったっていうのに、こんなに魔物が強そうだなんて聞いてねぇぜ」

「まったくだ。これは協会に文句の一つでも言ってやらねぇとな」


 Eランクダンジョンの難易度に高低があることくらいは、加藤らでも知っていた。

 文句を言っているのは、売りに出したダンジョンの難易度について、明記されていないことだ。


「もし権利を返還して金が返ってこなかったら、殴り込みに行ってやる」

「ああ。折角の大金をつぎ込んだのに、これじゃパァだからな」


 その大金が、ソラから奪った長剣を売却して得たお金だということを完全に忘れ、加藤らは憤る。


「……少し速度を上げるか」

「どうしたんだよ急に」

「あのFランが、Eランクの魔物相手に長く耐えられるとは思えねぇ」

「あー、瞬殺だろうな。クソっ、つくづく役にたたねぇ奴だな!」

「まったくだ。こんなダンジョン、さっさと抜け出すぞ」


 加藤らは速度を上げて出入り口へ。

 ゲートを通過しようとした加藤が、ふと疑問を抱いた。


(あれっ、ゲートの色って白だったっけ?)


 その瞬間だった。

 ――ガツンッ!!


 加藤が顔面からゲートにぶつかった。

 無警戒にぶつかったため、衝撃は計り知れない。


「いってぇ!!」


 鼻が折れ、前歯が二本ほど欠けた。

 激しい衝撃と痛みに、加藤は顔を押えて蹲る。


 幸い、加藤が僅かに先行していたため、安田は急ブレーキを掛けて無事だった。


「な、どうした加藤、何があったんだよ!?」

「知るか! ゲートが硬くなったんだよ! くそ、めっちゃ痛ぇ!!」


 加藤に言われ、安田がゲートに手を伸ばす。

 すると、本来通れるはずのゲートが、完全に閉ざされていた。


 どこを触っても、穴がない。


「そんな馬鹿な……」


 安田の顔から血の気が引いていく。

 この現象について、安田は耳にしたことがあった。


「変異ダンジョン……」

「そんなまさかッ」


 安田の呟きを聞いて、加藤が狼狽した。


 変異ダンジョンは、ダンジョンが極々希に変質化したものを指す。

 たとえば魔物の異常強化や異常出現。たとえばダンジョン内の時間経過の遅延。

 そして、クリアするまで脱出不可などがある。


 今回加藤らは運悪く、ダンジョンからの脱出不可の変異ダンジョンに入ってしまったのだ。


「ダンジョンに入るまでは、なんでもなかったのに」

「そそ、そうだよな。あのFランも、一回外に顔出してたしな」

「なのに、なんで外に出られねぇんだよ……」


 安田が頭を抱えて蹲った。

 そんな安田に、加藤が気色ばんだ。


「お前が、テンポの権利を買おうなんて言うからっ」

「はあ? 何の話だよ」

「お前が権利を買おうって言い出さなけりゃ、俺らはダンジョンに閉じ込められてなかったんだよ!」

「そう言うお前は、Eランクが良いとかノリノリだったじゃねぇかよ!! Fランにしておけば、変異してたってクリア出来たかもしれねぇのによ!」

「それはお前も納得しただろうが! Eランのほうが儲けが出るって――」

「うるせぇ!! 言い出しっぺはお前だろ!! そのせいでオレは大けがしたんだぞ!!」


 殺気立ちながらお互いに罵声を浴びせ続ける。

 どちらも一歩も引く気がない。


「こうなったのはお前のせいだ! 謝れ!」

「謝るのはテメェだろ!」


 ここで言い合っていても、ダンジョンをクリア出来るわけではないし、ダンジョンから出られるわけでもない。

 しかし二人は、行き場のない怒りや焦りを、相手にぶつけることしか出来なかった。


 引くに引けない二人は、いよいよ腰に下げた武器に手を掛けた。

 その時だった。


 ――グルルル。


「「――ッ!?」」


 近い。とても近い場所で、獣のうなり声が聞こえた。

 その一瞬で、頭に上っていた血が温度を下げて、急降下を始めた。


「なな、なんだ今の声は?」

「しらねぇよ。知りたくもねぇ!」


 先ほどはお互いにお互いを殺してやろうかとも思っていた。

 しかし、それどころではなくなった。

 加藤と安田は即座に背中合わせになり死角を消した。


「……」

「……」


 ド、ド、ド、ド。

 心臓の音だけが耳朶に響く。

 それ以外、なにも聞こえない。


 ――いや、もしこの場にソラがいれば、いち早くソレの接近に気づけたはずだった。

 だが二人は――ソラと同じEランクであるにも関わらず、ソラとは違い――冒険者としての鍛錬をほとんど積んでいなかった。


 だから、聞き逃した。

 ――この死神の足音を。


 ふと、加藤は安田の背中がガクガクと震えていることに気がついた。


「どうした?」

「――っ!」

「おい!」

「――っっ!!」

「だから、どうしたってんだよ!?」


 相手から返答がないことに業を煮やし振り返る。

 そうして、加藤は唖然とした。


 目の前に、巨大なハウンドが佇んでいた。

 その口から、つつーと涎が流れ落ちる。

 まるで最高の料理を前にしたかのように……。


 ハウンドの口が、ガバッと開いた。

 その瞬間、


「「うわぁぁぁあ!!」」


 悲鳴を上げて飛び上がり、崩れ落ちた。

 足腰が言うことを聞かない。


 ハウンドから感じる圧倒的な殺意が、二人の体の自由を完全に奪ってしまった。


 次の瞬間だった。

 隣にいた安田の頭が、ハウンドによって食いちぎられた。


「――ッ!?」


 まったく、敵の動きが目で捉えられなかった。

 加藤が気付いた時には、安田の首から上が失われていた。


 吹き上がる血液、鉄の臭い、その向こう側で、ハウンドが嗤った。


「うわぁぁぁぁ!」


 加藤は絶叫。手にしたものをハウンドに投げつける。

 腰がまったく入らない投擲は、ハウンドに届かない。

 それでも加藤は小石を投げ続ける。


「来るな! 来るなぁぁぁ!!」


 投げられる石が近くになくなると、次に投げたのは自前の長剣だった。

 それも、すぐ目の前で落下した。


 加藤にはもう、投げるものは何一つない。


「う……くっ……」


 反撃が来ないことがわかったか。

 そこでやっと、ハウンドが動いた。


 死にたくない。死にたくない。死にたくない。死にたくない。

 恐怖に耐えきれず、加藤は後方へ逃げ出した。

 ガクガク震えて、体の自由が利かない。まるで壊れた機械のようだ。

 それでも必死になって、ハウンドから逃げる。


 誰でも良い。

 助けてくれ!


「たた、たす……」


 助けを叫ぼうとした、次の瞬間だった。


「あ――っ」


 加藤の意識は永遠に失われたのだった。

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