第13話 これまで培ったものは、無駄じゃなかった
その時、ソラの震えがピタリと止まった。
――このまま逃げ出して良いのか?
――逃げ出したままで良いのか?
ぎり、と奥歯を噛みしめる。
蹂躙され続ける毎日はもう嫌だ。
大切なものを奪われるのは、二度と御免だ。
降りかかる悪意をはね除けられるのは、自分だけだ。
けれどソラは、ずっとなにも変えられなかった。
現状を変える力のない、弱い自分が嫌いだ。
だからソラは、変わろうと思った。
弱いソラのままで良いのか?
――良いはずがない!
「強くなって、変わるんだ」
蹂躙されるだけの自分を、終わらせるために。
立ち向かう自分になるために。
「うおぉぉぉお!!」
怯えを咆哮で吹き飛ばす。
立ち上がったソラの体には、もう怯えは微塵も残っていない。
心の変化を感じ取ったか。
キングが僅かに動きを止めた。
慎重に、相手を見定めるように動向をすぼめた。
「ふぅ……」
その僅かな隙に、ソラは失われた集中力を全力でかき集めた。
極まる集中力が、全身のパフォーマンスをワンランク底上げする。
意識が深い泉の底に落ちれば落ちるほど、感覚が研ぎ澄まされていく。
一度目を瞑り、開ける。
その時にはもう、世界には自分とキングしかいなかった。
息を吸い込み、止める。
次の瞬間、
「ふっ!」
ソラからキングに切り込んだ。
まずは軽くジャブ。
これは避けられた。
相手からカウンター。
右手の短剣で反撃をいなす。
鎬の上を刃が滑り抜けた、その瞬間。
ソラの体が回転。
短剣で相手の肩を切りつけた。
「ギャッ!?」
キングが驚きの声を上げた。
傷は、浅い。
踏み込みが足りなかった。
しかし一気に踏み込めば反撃に遭う可能性もある。
ソラの防具は完璧じゃないし、VITはあまり増やしてない。
キングの剣が一撃入っただけでも、挽回出来ないほど追い詰められる可能性がある。
(従来通り、足を使ってかき乱す!)
ソラが回り込むように移動。
途中、緩急を付けてフェイントを混ぜる。
するとキングは面白いように引っかかる。
キングの攻撃が空振った瞬間に、攻撃。
必要以上に踏み込まず、一撃与えて即離脱。
相手はホブゴブリン以上にVITが高い。
いくら体を斬りつけても、動きが鈍る様子がない。
ソラは蛇のように、じっと勝機を待つ。
「ギエェェェ!!」
「――ッ!」
キングが奇声を上げ、長剣を振りかぶった。
明らかな大ぶり。
――チャンス!
ソラは一気に間合いに踏み込んだ。
その時だった。
ニッ、とキングの口角がつり上がった。
「まずっ――」
おびき寄せられた。
気付いた時にはもう遅い。
攻撃のタイミングをズラしたキングが、いままさに飛び込んだソラ目がけて長剣を振り下ろした。
思わず目を瞑りそうになる。
だがその反射をぐっと堪え、ソラは目を見開いた。
――抗え、抗え、抗え!
迫る死に、熱い血潮が暴れ出す。
集中力が限界を突破。
世界から色が抜け、全ての動きがコマ送りになる。
長剣が迫る。
ソラは僅かに足を引き半身になった。
その眼前を、ゆっくりと長剣の刃が過ぎていく。
はらり、前髪が二本舞い上がる。
その髪の切れ目が死線。
ソラはギリギリ、生存側に踏みとどまった。
「うおおおおぉぉ!!」
雄叫びを上げ、ソラは全力で短剣を突き出した。
その攻撃に反応。
キングが態勢を崩して後ろへ逃れる。
だが、それは許さない。
ソラはキングの首のど真ん中に、力いっぱい短剣を突き立てた。
「――ッ――ッッ――ッ!!」
キングは声なき悲鳴を上げた。
短剣は既に、頸椎を切断している。
僅かに四肢が暴れているのは、魔物の生命力の高さ故だろう。
しかし、その動きもすぐに途切れた。
喉と口から紫色の血液を吹き出しながら、ついにキングが地面に沈んだ。
倒れたキングを前に、ソラは残心。
一秒、二秒……。
キングが起き上がらないのをしっかり確認してから、やっと残心を解いた。
「…………ふぅ! ……はぁ……はぁ」
胸の中で加熱された息が熱い。
戦闘そのものは、ほんの僅かな間だったはずだ。
だが呼吸が完全に上がっている。
生死が隣り合う戦闘のプレッシャーで、喉がカラカラだ。
今すぐ水を飲みたかったが、生憎手持ちに飲み物がない。
仕方なくソラは唾を何度も飲み込み、喉の渇きを誤魔化した。
その時、足下のキングがズブズブとダンジョンに吞まれ始めた。
同時に、ボス部屋の一番奥にゲートが開いた。
ボスを討伐した者だけが通れる、ダンジョンの外に通じる門だ。
それを見て、ソラは初めてボスを倒したという実感がこみ上げてきた。
「やった……。僕は、やったんだ!」
拳を握りしめ、ソロでの初ボス討伐の喜びを噛みしめる。
「……っと、そうだった。ボス討伐の結果を確認しなくちゃ」
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