第12話 Eランクボスへの挑戦

 翌日。ソラは井の頭公園Fに向かった。

 レベルを効率的に上げるには、自分と同格か強い魔物と戦った方が良い。


 現在ソラは、Eランクだ。だからといって、初めからEランクの固定ダンジョンに向かうのは危険だ。

 パーティで潜る場合は、自分のランクと同等のダンジョン良い。

 対してソロの場合は、ワンランク下が良いと言われている。

 なので、EではなくFに向かっている。


 井の頭公園では、昨日中ボスを倒したところで引き上げた。

 今日は、あわよくばボスを倒そうと考えている。


 ダンジョンの入り口から階段を下り、まっすぐ進む。

 途中、戦っている冒険者の姿が見えたところで、ソラはルートを変えた。


 戦っている冒険者に近づけば、魔物と間違われて攻撃される可能性がある。

 また、相手に無用な警戒心を抱かせかねない。

 なので、戦闘中の冒険者を見つけた場合は、迂回するのが暗黙の了解となっていた。


 ルートを迂回して、ボス部屋までまっすぐ進む。

 途中でゴブリンに出会ったが、一瞬で蹴散らした。


「……本当に強くなったんだな」


 ソラは自分の手を見つめて呟いた。

 夜眠って起きたとき、昨日の出来事は夢だったんじゃないかと思った。

 手に入れた力がすべて、元に戻ってしまったのではないか、とも。


 その不安は、ゴブリンへの攻撃一発で粉砕された。

 昨日手に入れた力は、何一つ失われていなかった。


「本当に、僕の力じゃないみたいだ」


 精錬済みの短剣の力も相当だ。

 これまで使ったことがある武器が、実はおもちゃだと思えるほどの斬れ味だった。

 おかげで、かなり余裕を持ってゴブリンが倒せている。


「この調子なら、すぐにでも一つ上のダンジョンでも狩りが出来そうだ」


 ゴブリンを三匹ほど倒したところで、ソラはボス部屋の前に到着した。


 目の前には、鉄製の扉がある。

 これを開いて中に足を踏み入れると、ボスが出現する。


 ボス部屋は亜空間になっていて、一度入るとボスを倒すまで出られない。

 ゲームではよくあるが、現実では最悪の仕様である。


 ボスを倒すと、しばらくの間はボスが出現(ポップ)しなくなる。その間、ボス部屋には入れない。

 ボス狩りが始まってしばらくの間は、ボス部屋に入れないことがしばしばあった。

 だが今は、いつでもボス部屋に入れるようになっている。


 というのもボスを倒しても、良いアイテムがほとんどドロップしないからだ。

 極希に、ボスがレアドロップを落とすこともある。

 だが確率は数万分の一以下だ。宝くじ並である。


 宝くじならば良い。賭けるのはお金だからだ。

 だがボスは命を賭ける。

 リスクとリターンがまるで釣り合っていない。


 命を賭けても確実に無駄骨になるため、誰もボスに挑戦しなくなった。


 いまではボスに挑むのは、力を試したい上級冒険者か、ドロップがなくても落ち込まない物好きだけになってしまった。


 武具の具合をしっかり確かめてから、ソラはボス部屋への扉に手を掛けた。


「……ふぅ」


 心臓が胸を打つ。

 こんなに早鐘を打つのはいつ以来か。

 気分を落ち着けるために、深呼吸を繰返す。


 初めてのボス戦だ。


 SPはきちんと割り振った。

 防具もしっかり装備した。


 やり残したことは?


 ――ない!


「よしっ!」


 気合いの声を上げ、ソラはゆっくりとボス部屋に足を踏み入れた。


 扉を抜けると、学校の体育館ほどの空間が広がっていた。

 初めて見る場所に目を輝かせるも、すぐに気持ちを引き締める。


 ここはボス部屋だ。

 油断してはいけない。


 ソラが見つめる部屋の一番奥。

 そこに、ボスがいた。


 身長はソラよりも高い。筋肉質の体に、緑の皮膚。

 先日倒したホブゴブリンよりも、二回りほど大きい。


『ゴブリンキング』


 ソラの視界の隅っこに、魔物の名前が表示された。

 ステータスボードにはこんな機能もあったのか。


「ゴブリン、キング……」


 ソラの足が竦んだ。

 名前だけは聞いたことがある。


 キングは、ホブゴブリンよりも強い魔物だ。

 同じゴブリンという名を冠しているが、格が違う。


 ゴブリンキングの手には、長剣が携えられている。

 反りの入った、黒い剣だ。

 それはまるで何度も肉を切り、血を浴びたような薄気味悪い色である。


「ギャ……」

「――ッ!?」


 キングの体が僅かにぶれたと思った瞬間だった。

 すぐ目の前に、キングがいた。

 慌ててソラは回避。

 キングの長剣を短剣で滑らせる。


 たったそれだけで、ソラはバランスを崩された。

 転がるように後ろへ下がる。

 しかしそれは、許されなかった。


「ゲギャッ!!」

「ガッ!」


 キングの蹴りが腹部に直撃。

 凄まじい強さの蹴りに、ソラは後方に吹き飛んだ。

 勢いそのままに壁に激突。


「カハッ……」


 肺への衝撃で、口から空気が漏れた。


 駄目だ。

 勝てない。

 恐怖が思考を埋め尽くす。


 勝てないと分かっても、この場から逃げ出す術はない。

 あるのはキングを殺すか、死ぬか。その二択だけだ。


 キングの圧倒的な力を前に、ガクガクと体が震える。


(怖い、怖い、怖い、怖い、怖い!)


 なんて自分は馬鹿なことをしたんだ。

 Eランクになって、ステータスを自分で振れるようになって、強い武具を装備して、調子に乗っていた。


 この世には、決して気持ちだけで抗えない、圧倒的な力というものが存在する。

 それを、完全に失念していた。


 ソラは、ボス部屋に入る前の自分を呪う。

 恐怖から少しでも逃れようと、頭を抱えて蹲った。


 そのソラの脳裡に、昨日の光景が突如浮かんだ。

 冒険者に殴られ、手に入れた長剣を奪われた、あの光景だ。


 ――これでいいのか?

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