第4話 ゴブリン戦

「天水さん、お疲れ様でした」

「あ、春日さん……どうも」


 ソラは軽く会釈する。

 女性の名は春日さくら。Cランクのヒーラーだ。固定ダンジョンの前でよく辻ヒールを飛ばしている。


 Fランクの冒険者が、遥か格上のヒーラーに声をかけて貰えるようになったきっかけは、ダンジョンでソラが大けがを負った時だった。


 ソラは、歩くのもやっとだった。

 なんとか時間をかけながら、ダンジョンの外に出た頃にはすっかり日が沈んでいた。

 夜になると、辻ヒーラーやバッファーが家に帰ってしまう。

 その時も、ダンジョンの外に出たソラに向かってヒールを放つ者はいなかった。


『折角、帰って来たのに、ここで終わりか……』


 死を覚悟した時だった。

 ソラの体が、一際強いヒールに包まれた。


 そのヒールをかけてくれたのが、春日さくらだった。


「今日も無事、戻ってこれましたね」

「はい、おかげ様で……」


 大けがして以来、さくらがソラを気に掛けてくれている。

「もしかして気があるかも?」なんて勘違いしてしまいそうだが、相手はかなりの美人だ。

 きっと様々な男性に言い寄られているはずだ。わざわざFランのソラを選ぶ理由ががない。


(たぶん、出来ない子って思われてるんだろうな……)


 ソラは内心苦笑する。


「今日の収穫はどうでしたか?」


 尋ねられて、ソラの顔が僅かに引きつった。

 先ほど、自分の長剣が奪われたばかりだからだ。

 それが表情に出ないよう、ぐっと堪えて口を開く。


「ええと……いまいち、ですかね」

「そうですか。でも、あんまり無理しちゃ駄目ですよ?」


 そう言って、さくらはまるで姉か母親のように腰に手を当てた。


「限界を超えたら、戻って来れなくなりますからね」


 ――限界を、超える。


 瞬間、ソラは雷に打たれたような衝撃を受けた。

 即座に踵を返し、ダンジョンに向かって歩き出す。


「ちょ、ちょっと天水さん!?」

「すみません春日さん。ちょっと試したいことが出来たので、またダンジョンに行ってきます!」

「ダンジョンに行くって、もう夕方ですよ!?」

「大丈夫。すぐ戻りますから!」


 踵を返したソラに向けて、辻バッファーがバフを飛ばす。

 これで身体能力がぐんと上がった。

 バフの効果時間は一時間から四時間。

 放った人の熟練度によって変化するが、一時間もあれば十分だ。


 ソラはダンジョンに向かって掛けだそうとして、


「あっ、ヒールありがとうございました」


 振り返り、頭を下げる。

 先ほどソラに向けて、いの一番にヒールを放ってくれたのは、さくらだったからだ。

 しっかり感謝を示してソラは、ダンジョンへと引き返すのだった。


          ○


 ソラのステータスに表示されているのは、身体能力だけではない。

 スキルも表示されていた。


 先ほどは、レベルがMAXの表示を見て落胆したせいで、すっかり忘れていた。


「【限界突破】……もしかしたら!」


 上がらないと思っていたランクが、上がるかもしれない。

 そう思うと、いてもたってもいられなかった。


 ダンジョンを、奥に向かって走って行く。

 途中、引き上げてくる冒険者と何度もすれ違った。

 うっかり攻撃を受けぬよう、冒険者の姿を見たら減速する。

 そのすれ違う時間さえ、いまは惜しい。


 すれ違った後は、すぐさま全力で奥へと駆けていく。


 しばらく進むと、やっと敵影を発見した。


 ――ゴブリンだ。


 なかでもこの固定ダンジョン――井の頭公園Fに出現するゴブリンは倒しやすいことで有名だ。

 他のダンジョンと比べて、完全な丸腰で、単体でしか現われないからだ。


 ソラは地面に転がる小石を拾い、投げる。

 小石はゴブリンの額に直撃。


「ギャッ!」


 僅かにゴブリンが仰け反った。

 その隙に接近。


 ソラが攻撃するその前に、ゴブリンが態勢を立て直した。

 小石によるダメージは僅かだ。

 だが、その少しが重要だった。


「ギャァァアア!!」


 小石を投げたソラを見て、ゴブリンが奇声を上げた。

 中途半端なダメージを与えたせいで逆上しているのだ。


 これを、ソラは狙っていた。


 ゴブリンが拳を振り上げる。

 その隙に、ソラはさらに接近。

 大ぶりな攻撃を、最小限の動きで回避。

 即座に回り込む。


 大ぶりな攻撃でバランスを崩したゴブリンの、頭を両手で挟み込み、力任せに捻り上げた。


「グッ!?」


 バリッという鈍い音が響く。

 ゴブリンは僅かに抵抗を見せたが、すぐに手足がだらんと伸びきった。


 ソラが手を離すと、ゴブリンが地面に落下。

 その頃にはもう、ゴブリンは絶命していた。


 これが、ソラの戦い方だ。

 高い敏捷性にものを言わせ接近。相手を逆上させて大ぶりな攻撃を誘導し、回避して一気に仕留める。


 それはこれまでの膨大なトライ&エラーの中で身につけた、ソラ独自のゴブリンの倒し方だった。


 とはいえ、ここまで上手く行くのは井の頭公園Fのゴブリンだけだ。

 これだけ上手く倒せるのだからと、別のダンジョンに行っても返り討ちにあうだけだ。

 実際、返り討ちにあった。(その時大けがを治癒してくれたのが、さくらである)


 井の頭公園Fは弱い魔物が出没するが、だからといって油断してはいけない。

 魔物との戦いはスポーツじゃない。命のやりとりをするのだ。

 必死になった魔物は怖い。決して侮れない。


 油断出来ない理由はそれだけではない。

 時々、井の頭公園Fには初心者殺しと呼ばれる中ボスが徘徊するのだ。

 幸いにして、中ボスは鈍足であるらしく、多くの冒険者がダンジョンの外まで逃走して難を逃れている。

 ソラも、中ボスに出会ったら即座に逃げるよう、常に構えている。


 ソラが乱れた呼吸を整えている時だった。

 ずぶずぶという音と共にゴブリンがダンジョンに呑み込まれていった。


 魔物を倒すと、こうしてダンジョンが魔物の死体を取り込むのだ。

 そうしてダンジョンがゴブリンを呑み込んだ後には、小指の先ほどの透明な石が残されていた。

 これが、ダンジョンドロップだ。


 いま出現したのは、ゴブリンの魔石だ。

 二束三文にしかならないゴミ魔石だが、塵も積もれば山となるだ。


 魔石からはエネルギーが取り出せる。

 現代において、もっともクリーンなエネルギーだ。

 冒険者にとっての大切な飯の種でもある。


 ソラはゴブリンの魔石をポケットに入れると、ステータスボードを出現させた。

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