アップダウンコネクション・フロム・ユアシティ
鈴元
第1話 UpDownConnection
恋とはジェットコースターと同じだ。
激しい上り下りと共に旋回までもしてしまう、けれども急停止だけはしない。
愛とは観覧車と同じだ。
ゆっくりと高まっていき、ゆっくりと落ちていく、けれども急停止だけはしない。
ではそれらがくっついた恋愛とは何なんだろうか。
何に似るのだろうか。
いや、何に似なくてもいい。
いつだって、私にとって唯一無二であって欲しい。
彼女の存在と共に。
「私は長時間の移動というのが嫌いだよ」
女はそう口にした。
金髪碧眼、肩にかかるほどのそれを揺らしている。
不機嫌そうな表情と少し早い足取り。
日本という国において、平均的な男性と並ぶ背。
彼女はガートルード・ビアリストック、国籍は英国である。
「飛行機乗ってる間ずっと寝てたじゃん」
彼女の隣にいる人物もまた、女だった。
長い髪を何本もの三つ編みにした髪型に、どこまでも深い黒い瞳。
当然のようにガートルードの腕に自分の腕を絡めて笑っている。
彼女は八百九十九、偽名である。
「ずっと眠ってたわけじゃあない。睡眠と覚醒の繰り返しさ」
「アタシの声に反応してくれた回数少なかった」
「……だから?」
「寂しかった」
そういって不満げな目がガートルードを見上げている。
その様子になんとなくガートルードの足の動きが鈍くなる。
人通りの多い夜の街だ、人の流れにぶつからないように少しずつ横に逸れていった。
「キトゥン」
そんな風にガートルードが九十九を呼ぶ。
「君は日本に着くまでに何回私の耳を噛んだ?」
「覚えてない」
「やめてくれと、前に言わなかったかな」
「ベッドの上で言ったことと酔った時に言ったことは信じないでいいってガートちゃん言ってたじゃん」
「……言ったかな」
ガートルードの言葉に増々九十九は不機嫌になる。
眉間の皺が徐々に深くなっていき、自分から絡めた腕を引き抜いてわざとらしく彼女の胸に平手を打つ。
「きらい」
つかつかと今度は九十九が彼女の前に出る。
猫がそうするように人の波を器用に抜けていく。
「……キトゥン! ツクモ!」
嫌われた、とは思わない。
時々こういうやり取りもするし、現に九十九は自分を置いていこうとしているように見えて距離を離し過ぎたりはしない。
多分待っていれば振り返る。
……ガートルードの思惑通り九十九がこちらに振り返ったあたりでガートルードは彼女の方に向かって歩き始めた。
彼女たちが出発したイギリスの夜と日本の夜は雰囲気が違う。
夏の始まりのこの季節において、じっとりとした風がガートルードの頬を撫でていた。
「……おかえり」
「ただいまツクモ……いや、悪かったよ。フライトの間、虫の居所が少々良くなかったことは認める」
「……だからって」
「可愛がったつもりだった」
「言い訳?」
二の句が継げぬ。
ガートルードだって自分が悪いことくらいわかっている。
意地を張るつもりもないし、なるべく早く彼女にいつものように笑って欲しい。
「……ん」
彼女を抱き寄せる、影を重ねる。
人目をはばかる事もなく、ただ愛を注いでみる。
「……ガートちゃんさぁ」
「ん?」
「ま、いいや。別に怒ってないし。理由も分かってるから」
「……助かるよ」
また腕を絡めて歩く。
なんてことはない、彼女たちの日常は国を超えても変わらないらしい。
「ねぇ、お店しまっちゃうよ」
「ちょっと寄り道するだけだ」
「今なんだ」
「あぁ、ロンドンコーリング」
「日本には来ないでしょ」
「百年ほど前に失効したが、心では繋がっている。同盟のよしみだ」
我々は義理堅い、とガートルードが笑う。
その言葉に笑いつつも九十九が言葉を返す。
「嘘、家出したじゃん」
「家出じゃない。独り立ちだ。ユーロの傘は小さすぎた」
二人の足はどんどんと人の多い場所から離れていく。
タクシーでも拾えばよかったと思うものの、ガートルードはそれを避けた。
そうしてもいいのだが、面倒を嫌ったのだ。
「負けた者が大きな顔をしているのも気に食わないが……あぁ、いや日本人の君の前であまり悪くいうのも良くないか」
「ははは。アタシの生まれる前の事なんて関係ない」
「well well」
ガートルードのポケットからケース。
中に入っていた手巻煙草を一つ取り出して火を付ける。
ホテルでは吸えない。
もしかしたら路上で吸うのも禁止されているのかもしれないが、ガートルードは気にしない。
よく体に馴染んだ自分好みのブレンドのフレーバーである。
「で、なんの連絡が来たの?」
「デリバリーだよ、キトゥン」
「ふーん」
「興味ないかな?」
おそらく、興味はないだろう。
ガートルードが彼女の立場でも強い興味は湧いてこなかったはずだ。
「ここだ」
決められた地点、駅のそばの街灯の下にたどり着いた二人は待つ。
デリバリーが来る時間まではまだ少しある。
九十九は食事をする場所を探すために端末を操作し、ガートルードがそれを覗き込む。
「お寿司食べようね」
「あぁ、回るのか?」
「回らないやつにしようよー」
懐の心配なんてしなくていいんだからと九十九が笑う。
その様子にガートルードも笑って唇を重ねた。
「……おい」
「ん? あぁ、君か」
気付けば二人の背後に男。
九十九と同じ、日本人の顔だ。
手には口を折りたたんだ紙袋、ファストフード店で使われているものが一つ。
「ほらよ」
無造作に押し付けられてガートルードが受け取る。
男の視線は九十九の方に向いていた。
その視線の意味も九十九は理解していた。
彼女を見る男の中でその視線を向けるものは多い。
「ガートちゃんが嫉妬しちゃうからダメ」
「……まだ何も言ってないが」
「目は口ほどに物を言うんだよ。おにいさん。それにね?」
ガートルードの体に自分の体を寄せる。
そしてピタリと頬を擦り合わせてクスクス笑い始めた。
「ガートちゃんほど満足できそうにないもん」
男がため息を着く。
ガートルードを見ながら首を横に振って。
「とにかく渡した。車は向こうに置いてある」
「どうも」
男が二人から離れていく。
夜の闇の中に飲み込まれていく。
彼がどこから来て、これからどこに行くかなど知らない。
二人に荷物を届けてきたのだからまともな人間でないことは分かっていた。
「……中開けていい?」
「あぁ」
「わぉ、お久しぶりだ」
紙袋の中、空のドリンクの容器には車の鍵。
そしてそれ以外の場所には拳銃がひとつ。
それからタクティカル・トマホーク。
彼女たち二人の商売道具が入っている。
二人は暗殺者だった。
日本に来た理由はあるものの、殺しの依頼があったわけじゃない。
半分は観光のためのようなものだ。
「食事に行こう」
「その前にもう一回……」
「今日はどこに行こうか」
「ツクモがいるならどこでも」
「じゃあ危ないとこ行く?」
「誰か殺しに行くのか?」
「ガートちゃん仕事人間だね」
昨日未明に床へと投げ捨てられた衣服を拾い上げる。
キャリーバッグの中にある着替えとそれを入れ替えつつ、九十九はガートルードに言葉を投げる。
ガートルードはどこでもいいと言う、それに嘘はないだろう。
だがそれでは九十九が退屈なのだ。
もっと彼女の心の揺れを見たい。
自分の故郷へと彼女を連れてきたのだから、ただの観光で済ませるつもりもない。
「ガートちゃん」
「ん?」
「アタシのこと好き?」
「君の英語の発音以外の全てを愛してるよ」
「じゃあイギリス英語教えてよ」
唇を尖らせてそう言うとガートルードは軽く笑って
「これ以上好きになると私は君の中毒者になるよ」
そう、伝えた。
だから九十九も笑ってみせて
「もうなってるくせに」
と、返した。
アップダウンコネクション・フロム・ユアシティ 鈴元 @suzumoto_13
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