25話 命の重さ



死体処理場。アリスのお仕事現場です。いつもは通うのもしんどくはなかったのに、今日はちょっとだけヘトヘト。間に合わず、はじめての遅刻をしてしまいました。

「きょうび交通費ぐらい出るよ?あ、でもそういう問題じゃないか。」

ここに働く人はみんな慣れたもので、普通の人から見たら気でも狂いそうな死体を運んでいます。机の上で、バラバラの死体をわけている先輩が話に加わります。

「死体処理場って結構いろんなとこにあるんだぜ。ベネアシティにもな。あそこはD支社つったっけ?そこに異動・・・つったら響きが悪いな?」

アリスは異動の意味がわからないので、「移動するのが何が悪いのかしら」と不思議に思うだけ。

「そうそうこの子は非常に優秀だ。業績もトップだぞ。そうだ!」

へしゃげた生首を入れた箱を上の棚の奥にしまいこんだ上司も混じりました。

「俺が紹介状送っといてやるよ。うまくいけばトントン拍子で雇ってもらえるかもな。」

「ありがとう!」

親指を立て、頼もしい笑顔を向けます。

「いいってことよ。お前さんのおかげで、俺らも少しはやる気になれてんだ。」

「そういやアリスは聞いた?身体密売人の件。」

同期が身を乗り出してアリスに話しかけます。

「ええ。変死体で見つかったんでしょう?」

すると彼は、まるで噂話が大好きなおばさんのように、話し出したら止まらなくなりました。

「いやぁ、一安心だよね。でもこれがまた、新たな問題が発生してさぁ、アリスがそんな感じなら犯人だって名乗りをあげてないんだね?いや、あれがふつうにできるわけないもんね・・・。」

「お喋りはそこまでだ、休憩は終わってんぞ。」

上司に腕をひっつかまれ、持ち場に連れ戻されます。アリスは再び仕事に集中し始めました。今日は仕事が少なく、やることがなくなったのではやくあがることができました。そんな午後三時の帰り道。街中を歩くアリス。考え事がついつい口から漏れてしまいます。

「言ってもそんなに遠くはないのよね。隣町だし。問題は家からベネアシティまでが遠いのよ。なんとかならないかしら。」

そんなとき、とても異様な光景を目の当たりにして立ち止まります。警察署の前に多くの人だかりができていたのです。

「何があったの?」

近くの噴水のそばのベンチで他人事みたいに眺めている老婆に尋ねました。

「身体密売人を殺した人に褒美がでるんだと・・・それで、特徴の似た者が褒美欲しさに我こそはと・・・げえっほ、げほ!」

言葉はしっかりと話せているのに、どもりながらで、最後はえずくような咳をしたから怖くなってちょっとだけ距離を取ります。視線を再び人の群れに向けて。確かに、自分と似たような女の子もたくさんいます。アリスは心底呆れました。

「へんなの!あんなにたくさんの人が、我こそは犯人!殺しましたって言ってるの、おかしいと思わない!?」

別に、誰に対して聞いたわけではありません。が、あまりにも主張の激しい独り言だったので数人が訝しげにアリスを睨みます。そこにいたのも、特徴に酷似した少女だから、尚更でしょう。やれやれ、ここに本人がいることなんて知りもしないで。

「私関係ないわよ!じろじろ見ないで!」

ご機嫌損ねたアリスは膨れっ面でその場を去ります。本人とはいえ、記憶にはないわけですが・・・。

「ああもう!誰でもいいから早く犯人見つかってくれないかしら!」

今日のアリスはやたら独り言が多いですね?外に感情を吐き出したいほどイライラしていたものですから。いつまでもこんな気持ちでいたくありません。ふと頭に浮かんだのは、あの場所で、気晴らしにはうってつけだと早速向かうことに。



「やっほやっほアリス!」

ここはお茶会。相変わらずのメンバーが、いつも通り愉快なパーティーを開いています。引かれた椅子に座り、目の前のお菓子をいただく。なんて素敵なのでしょう。ここには自分を見てくるたくさんの嫌な目もありません。

「お花?」

テーブルにあるのは、大きな輪っかのゼリーみたいなデザートで、その中には色とりどりの花が詰め込まれています。

「ババロアっていいます!夏はね、こう言った冷たいものの方がいいじゃない!あ、花はね、食べられるようにしてあるから大丈夫。」

なにも考えていないような面をしていて、自分の得意なことにはとても饒舌で物知りなハニーも見ていて飽きません。一口運ぶ前に、お願いをしました。

「紅茶じゃなくて、ジュースがいい!何かない?」

「ああ、待って!探してくる!」

相変わらずスキップ混じりの駆け足で家に入っていきます。グラッセは爆睡中。アリスはテディーと二人きりになるタイミングを探していました、

「テディーさん。私、もしかしたら普通の女の子になったかもしれないの。」

なにも考えてなさそうに見えてほんとうになにも考えていなかったテディーがぴたりとフォークを持つ手を止めます。

「・・・ん?」

これだけでは、いきなりなんの話を始めたんだろうと変に思われて終わりです。アリスは起こった事をありのまま話しました。

「私の中にいた悪魔がうんともすんともふんとも言わないのよ。・・・あっ、普通の女の子って言ったけど、それも違うかも?だって私の倍以上のある動物をぶん投げちゃったの!・・・それも、実は私、力持ちだった、とか。」

「おいおいおいちょっと待ってくれ。情報が多すぎる。」

今度は話しすぎちゃいました。しかも、話したい事をただ話しただけなので、テディーに理解する暇すら与えさせてくれません。ちなみに、テディーはアリスが悪魔に取り憑かれていことをなぜか知っています。それ自体、なんでかはわかりませんが、今はどうでもいいことです。

「何でまた急に?考えられる原因はあるか、あるいはちょっとしたきっかけか、変わったこととか。」

スコーンを頬張りながらも真剣に耳を傾けてくれます。だからこそ、話したいのに。

「あれ・・・?なんでうまく思い出せないの・・・?」

がんばって前の出来事を思い出してみますが、なぜか記憶の中の映像や音声にノイズがかかっています。黒いぼんやりした、大きな影がゆらゆら揺れて近づいてくる、でもそれだけではないはずという気持ちのモヤモヤ感にさらに頭を悩ませます。

「何かに囲まれて・・・腕がすごく痛くて・・・我慢できないぐらい痛くて・・・そこから記憶が飛んで、気づいたら家にいて、それからよ。反応がないの。」

当然、テディーは現場のことなんかさっぱりなので、アリスのこの言葉だけではなんにもわかりません。

「・・・で、私に話してどうする?どうしてほしい?」

「別に。」

ババロアに遠慮なくスプーンを刺して一口運んで、自分のことなのに興味なさそうに話すのです。それに、正直。どうしてほしいかすらアリスにもわかりません。

「あなた、悪魔とかそういうの嫌いそうだし。一応話しておこうかなって。」

テディーの顔は腑に落ちない様子。真剣に悩みを打ち明けたと思えばそうでもなく、かと言ってこちらに何かを求めてそうな視線に落ち着きません。ちなみにアリスはほんとうになにも考えていませんでした。

「君はどうなんだね。」

アリスの手が止まります。

「そいつがいなくなって、君はどう変わった?不便になったと言われたら、それは君の当たり前だ。日常に流されるうちに、じきに忘れる。他には?」

「他・・・?」

随分変わった聞き方をするものだと思いました。聞いといて、勝手にこちらの考えを予想して、それに対し助言して、さらに聞いてくる。他になにが変わったかを、ここまで考えさえられることになるとは。

「・・・寂しい。」

たった一言。

「急にいなくなったら、そりゃあ寂しいかもしれないが・・・それも、君のこれからの行動次第だ。お前は人なんだ。だから人として生きて、人と繋がれ。」

アリスには彼のいっている言葉がわかるような、わかりたくないような、わからなくてはいけないような。いろいろな気持ちが混ざりあって複雑。そんなアリスの前に、一口で食べるのにちょうどのスコーンを差し出します。

「小難しい話は別の時に聞いてやる。今は美味しいものを食べて、忘れよう。」

浮かない顔も甘いものを口に入れたら自然と綻びます。それと、優しい大人の笑顔に少しの安堵。・・・一口といってもアリスには大きかったようで、頬張ってリスみたい。咀嚼するのも一苦労。そんな様を見てテディーは笑っているし、タイミングよくハニーが綺麗な水色の飲み物にアイスを浮かべた不思議なものを運んできて、グラッセはやはり寝ていました。テーブルの上で夏の空に浮かぶ白い雲を独り占めしているようで心も弾みます。


帰り道。別の街でも、やっぱり例によって賑やかです。いずれこの騒ぎも収束する・・・いや、アリスにとっては終息ぐらいしてほしいものです。そんなことを願って通り過ぎると、一人の少女に声をかけられます。街にいる人なんてただの風景で、しかもこれといった目立つ特徴がなければ気にもとめないのはアリスだけではないでしょう。でも、どこかで見たような気もするのです。

「あなたは・・・。」

そう言って、足先から脳天までじろじろと見てきます。アリスは思わずあとずさり。しかし、少女は急に目をキラキラと輝かせ、アリスの手を力強く握り締めました。

「もしかして、あのとき私を助けてくれた!」

「え、えっ、えっ!?」

なんのことだかさっぱりで、ぱちくりさせた目を泳がせるアリスの腕を、周囲の様子を伺ったあと少女は引っ張って、人目のない場所を探して走りまわりました。着いたのは街中の店の裏。あえて賑やかな場所を選んだのは、こっそり誰かが聞いていたら静かすぎるとだだ漏れだから、そこまで考えて、一体なんの話をするつもりでしょうか。

「ねえ、私が密売人に連れ去られそうな時にあなたが助けてくれたの、覚えてる!?」

まるで偶像を本物のように崇拝する信者みたいな目で見られて、むず痒くなります。アリスは一生懸命記憶を手繰り寄せました。テディーとさっき話したときのように所々曖昧ですが、一部、鮮明に覚えていました。この少女とそっくりな子が、男達に襲われていて、かけつけたアリスが彼女を逃した・・・というところまでは。でも、男達の姿はぼんやりした影のまま。

「ああ、やっと見つけた・・・。」

少女は勝手に話を進め、アリスを救世主だと決めつけます。ここまで思い出せば、少女の言う通りなのかもしれませんが、それでも納得いかないところがあります。

「私はやってないわ。記憶にないの。」

殺した記憶がないのです。

あの時、とてつもない痛みを感じてから家にいるまでの記憶が全くないのです。痛みのあまりに気を失ったのかと考えていますし、さすがに気絶していてあんなことできるはずもないですし。一つ、可能性ならありますが、それを確認することもできないし、そもそもアリスがやってはいないのです。

「な、名乗るだけでも。もしかしたら、褒美が・・・!」

「バカじゃないの?」

必死な少女に、心底鬱陶しく感じたアリスは、街の至る所で見かける光景に対する嫌味も一緒にぶつけました。

「それって結局、やってもない罪を認めるってことじゃない。なんでそんなことしなくちゃいけないの?そんなことしてご褒美貰っても、ちっとも嬉しくなんかないわ。」

さらに一歩詰め寄ります。

「第一、あんな殺し方できないわよ!」

自分と同じ歳ぐらいのアリスに凄まれて、こんどは少女がうしろへさがります。少女もあの後のことを知らないわけではありません。な助けてくれた少女が、あんなやり方をするとも思いたくないという気持ちもありますが・・・。

「・・・・・・。」

アリスは言いたいことだけ言って、くるりと背中を向けます。自分にとってこんな話、できるだけしたくもないし聞きたくもないので。

「あなたはなんで助けられたかわかる?私もわからないけど、そんなこと考えて欲しくて助けられたわけじゃないと思うわ。」

少なくともアリスは、そういったつもりで助けたわけではないし、彼女がこれ以上関わることを望んでいません。なにも進まず、煙のように騒ぎが消えていくことを願っています。だから、なにも考えてないような顔を向けてからさって行きました。


時刻は日が沈みかける頃。


「はぁ・・・。」

街を出た少女。どこへ行くのかって?そんなの、彼女にだってわかりません。少女には帰る場所はもうないのも同じ。みよりもありません。だからこそ連れ去られたのです。家族がいて、しっかりした家庭の子供をさらったらもっと大変なことになりますから。そういえば、自分が無事だったことは誰かが知っているのでしょうか。・・・いいえ、そんなことも少女にとってはどうでもいいことでした。



「私のせいでこんなことに・・・?」

少女は考えます。

「もう少し慎重になればわかったことじゃないの?」

少女は考えました。

「あの子が名乗ってくれるとばかり思ってたけど、違う・・・私はあの子をなんと愚かな人と思っていたのだろう。私は・・・。助けてくれた人をあんな風に捉えていたの?」


助けてくれたあの子を化け物みたいに。

助けてくれたあの子を欲でいっぱいの愚者みたいに。

ああ、そんなつもりはなかったのに。

何故、こんなことをしてしまったのか。

なにがただしかったのか。

どうすればよかったのか。

どうすれば・・・。


「もういっそ、あのまま連れ去られていれば何かの役には立ったはず・・・。」

身体密売人。彼らの会話を少しだけですが覚えていました。彼らはある魔術のために限られた条件に当てはまる生きたままの体が必要だと言うことを。器だの、魔力だの、他にも難しそうな単語を話していて。

「・・・私は今、なにしているの?」

自分の人生はなにもない。

あの時抵抗さえしなければ。

後悔と無念と虚無感だけが今の少女の感情の全て。


「私なんか・・・。」


ふと立ち止まります。山の入り口の小さな祠。小さい頃、祠の戸が開いていて、その中にある像が埃をかぶっていたのが気になって掃除してあげて以降は通りかかったたびに軽い掃除をして、何かあれば備えてあげていました。少女は祀られていたのがどんな神様か知りません。別になんだっていいのです。この行為はただの自己満足でしたから。小さな階段を上がって、戸を開けて、持っていたハンカチで拭いてあげます。

「最近来れなくてごめんなさい。」

念入りにお手入れして、像はピカピカ。供物になるようなものを持ち合わせていないので用事が済んだら帰るだけ。でも、今日は手を合わせて定まらない救いを求めます。

「私、どうしたらいいのかしら。」

どうしていいのかもわからない。わがままだとはわかっていても、ただただ救いが欲しくて。その気持ちは藁にもすがるほどで。こんな事したって無駄だってことはわかりきっているのに。


キンッ!

不自然な甲高い音が聞こえました。音の先は祠の奥。顔を上げ、目蓋を開けると、そこらを中心に半透明の真っ赤なドーム状に包まれた空間に囲まれました。中は薄暗く、それでいて暑く。少女は体ごとあっち向いたりこっち向いたり、今の状況を現実と思えないなら一体どう捉えていいかもわからず、思考が止まり・・・。

「・・・!!」

突然現れた異空間に今度は幾何学文字みたいな羅列が浮かんで、理解しようと試みたところに不条理がたたみかけてきます。つぎの瞬間、目が眩むほど強い光に包まれます。感覚まで支配されて頭の中は大混乱。光が消えたからもう一度目を開けたら、空間はそのまま、祠の前には、一言でいうなら大きな火の鳥がいました。とても大きく、体は燃え盛る炎に覆われていて、琥珀色に輝く透明感のある大きな目が少女を見下ろしています。

「あ・・・あ・・・。」

聞きたいことがあまりにも多すぎて、大きく開けた口は震えるのでせいいっぱい。まず、一番に聞くべきは「あなたは何者?」でしょうが。

「久々に神頼みに来た馬鹿がどんな奴かと思えば・・・。」

嘴は全く動きません。

「おい、ガキ。救われてえなら他を当たんな。そもそも神じゃねえ。寝ていたらなんでか祀られてたんだ、意味わかんねえだろ?」

なんて言われても、少女は今この状況の意味がわかっていません。

「俺様は壊す、殺す。破壊のみに応じる化け物だ。残念でしたー。」

神々しい雰囲気を放っていて随分軽薄な態度です。物騒な言葉を冗談みたいにいってのけるあたりは化け物なのでしょう。少女はさきほどまで、ただ救いを求めていただけでした。ですが、この化け物の言葉で願いが一つ決まりました。

「お願いします!身体密売人を皆殺しにしてください!奴らのアジトはおそらく東にあります!」

気がはやって、情報まで一緒に言いふらしてしまいました。自分にはない圧倒的な力を持って壊せるなら、殺せるなら、叶えられる願いがありました。

元はと言えばあいつらがいたから。

そして、またあいつらのせいで失う命があるかもしれない。

根本から絶やした方が、手っ取り早いでしょう?

「わかったよ。蹂躙を求めるなら誰だろうと構わんが、代価としてお前の命をいただくこととなる。」

少女は黙りました。これから死ぬというのに、不思議と怖くありませんでした。せっかく助けてもらったこの命は、きっと「こうするためにあった」のだと思えてきて、それはもう嬉しくてたまりません。命を差し出すことにより、一つの悲しみの連鎖を断ち切れるなこれほど誇らしいことはありません!色褪せて仄暗い少女の命は今、初めて輝きました。

「わかりました。この命、あなた様に差し上げます。」

手を組み合わせて、恍惚とした表情で見上げる先は神でもなく、凶悪な化け物。なんだって構いません。救う者が全てです。


ーー・・・。


少女の魂を取り込んだ化け物、いや、一匹の魔獣が天を横切ります。

「争いなんて無くなるわけねぇのにな。」

なんて呟きつつ、気分は体を燃やす炎の如く昂っていました。さあ、一つの街が業火に焼かれ尽くされるまであとわずか。

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